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●2005年度〜2006年度● |
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開催月をクリックしてください
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| 07・03月例会 | DSが問う「あなたにとっての共助連とは」 |
| 07・01月例会 | 「−過剰適応による不登校について−旧・国立大蔵病院成育心理外来での不登校への取り組み」 |
| 06・11月例会 | 「発達共助連の歩みを振り返る」 |
| 06・10月例会 | DSによる寸劇「教室の気になる子どもたち」 |
| 06・09月例会 | 「若者たちの就労支援策について」 |
| 06・06月例会 | 「思春期にさしかかった子どもたちへの対応」 |
| 06・05月例会 | 「発達共助連のDS活動が生かす臨床心理の仕事」 |
| 06・03月例会 | 「発達支援における作業療法の実際とその効果」 |
| 06・02月例会 | 「コミュニティ心理学と共助連活動の共通点」 |
| 06・01月例会 | 「共助連における学習支援への意味」 |
| 05・11月例会 | 「大人になった発達障害当事者たちの今−就労の視点から」 |
| 05・10月例会 | 「学校生活における発達障害の子ども達の苦悩をロールプレイで体験」 |
| 05・09月例会 | 「就労支援法についての動向」 |
| 05・08月例会 | 「共助連に伝えておきたいこととカナダの発達支援教育」 |
| 05・07月例会 | 「子どもの成長に何が必要か、ネットワークケアの意味と課題」 |
| 05・06月例会 | 「軽度発達障害の捉え方―ADHD,アスペルガー障害をめぐって」 |
| 05・05月例会 | 「アートセラピーを体験してみよう」 |
◆2007年3月例会 |
| ・日時:2007年3月3日(金)19:15〜21:15 ・場所:杉並区阿佐ヶ谷地域区民センタ- |
テーマ:DSが問う「あなたにとっての共助連とは」 |
| 司会進行:DS連員(松原有希さん、橋本真緒さん) |
| <2007年3月月例会報告>DSからの報告・1 | |
「共助連に入って助かったこと、学んだこと」では、デイキャンプでご飯が食べられる!お酒が飲める!と言う声から、家族以外の人と話が出来る、心のよりどころ的な存在にあるなど話が出ました。 最後に「樹木作りワーク」というのをやりました。各グループから沢山の共助連を続けている理由がでてきました。出てきたキーワードを挙げます。 「深みにはまる・NOと言われない場・自分の新しい面を発見・若い人との出会い・DSさんの存在は大きい」 否定的な気持ちから「自己嫌悪・否定・落ち込み・拒否・焦り」というものが出て、肯定的な方へ「安心・癒し・自信・気づき・共有・受容・仲間・成長できる・居場所・それぞれの色・自由な場」「支援・学び・理解・つながり・遊び・笑顔・笑い・コミュニケーション・ご飯・お酒が飲める・すごい飲み会・出会い・向き合える・ありのまま・継続の力・変な人がいっぱい(特に自分)一対一じゃなくて一対多数・ありのままでいいのだよ・子供が安心していられる場・共助連という学校だね。学んだ!・助けられた・パワーをもらった」 ばぁーっと挙げましたが、これだけ沢山のキーワードが短時間に出て、それも同じのは一つもありませんでした。すごいことだと思います! 共助連に入って一年経ちますが、こういう会があると、普段話せないことも話せるし家族の方とも仲良くなれて、とてもいい機会になったと思います。会を開いてくれてありがとうございました!! (DS連員・榎本) |
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| <2007年3月月例会報告>DSからの報告・2 | |
なんだかアタフタしてしまい、いつもながら口下手と不器用を再認識した私ですが、いい経験をさせて頂きました。来てくれた方々、協力してくれたDSのみなさん、本当にありがとうございます。 さて、今回のテーマは「私たちにとっての共助連」ということでした。 私にとって共助連は「出会い」の場であったと思います。 共助連に入ってからの一年間、子供達との出会いもさることながら、ご家族の方々、専門家の方々、そしてDSの仲間。ここでいろいろな人と出会い、いろいろなものを学んできたなぁと改めて実感しました。 また同時に「癒し」の場でありました。疲れて気分が塞いでいる時にでも、重い腰を上げてイベントに参加してみると我を忘れて思いっきり転げまわって、気がついたらすっきりしています。 共助連は「出会い」も「チャンス」も秘めている組織だと思います。そして最近思うのは、すべてが自分次第なのだということです。「出会い」も「チャンス」もただそこにあるだけでは意味がなくて、自分から手をのばしてつかんではじめて自分のものになるのです。自分さえ踏み出せば、得られるものがたくさんあるのだと気がつきました。元来腰の重い私なので、今まで無駄にしてきたチャンスがたくさんあったような気がしますが、もっともっと貧欲にそんな「出会い」や「チャンス」をつかめる私になれたらなぁと思っています。 共助連ではこれからもいろんなことを学ばせて頂こうと思い ます。みなさんよろしくお願いします。(DS連員・松原 有希) |
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| <2007年3月月例会に出席して>・家族連員の感想・1 | |
[共助連とは]と考えて行くとまず[だめと言われないところ]であり、居心地の良い居場所であったり、飲み会だったり、出会い、仲間、学校みたいなものだとか、自立や卒業、共助、連携など目標であったり、多数出てきました。私は、例会に参加してそうだったかなと再認識し、他の方と共通理解で来たので蓮員同士一段と連帯感を強めた気がしました。これで新しい2007年度が始まるのだと希望を持ちました。 |
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| <2007年3月月例会に出席して>・家族連員の感想・2 | |
この本の最後の方で心的外傷の治療のことについて触れられていて、それは同じ体験をした人達が集まって自分の経験したことや今の問題などについて語り合うことが治療になるというものでした。ぼくはそれを読んだとき「そんな素人同士が話し合うよりも専門家に相談したほうが早いんじゃないか?」と思いました。 何回目かに共助連に参加したときにこの本のことを思い出しました。この治療法の意味が自分なりに分かった気がしました。同じ経験をしたもの同士にしか分かりえないことがあるということ。 相手が専門家であろうがなかろうが一人で抱え込んでいたことを話すことがどんなに気持ちを楽にさせてくれるのかということ。自分では重要だと思っていたことが実はたいした問題ではなかったということを……。 なので、ぼくが共助連に興味をもったのはこの本を読んでいたことが大きいかもしれません。子どもは関係なくなっていますが。(笑) 2月の月例会ではDSさん達がどんな動機で共助連に参加しているのかを聞くことができてよかった。かならずしも心理の仕事を目指しているということだけが動機ではないということも分かりました。DSさん達が考えた企画でしたが、よく考えられていて脱帽です。もう少し時間があれば皆から出てきた言葉について話し合って、話を煮詰めていけたかなという気もしましたが、それはまたのお楽しみということで…… 司会のお二人とDSの皆さん、お疲れ様でした。ありがとうございました。(ありパパ) |
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| <2007年3月月例会に出席して>・家族連員の感想・3 | |
今回はDSさんと家族連との交流と言うことで、普段の活動ではなかなか聞くことが出来ない話をたくさん聞けました。 DSさんと家族連でグループにわかれて「共助連に入ったきっかけ」「共助連に入って助かったこと 学んだこと」「共助連を続けている理由」について話し合いました。 最初にジェスチャーしりとりですぐに打ち解け、その後テーマに沿って話し合いました、共助連に入ったきっかけはDSさんでは山口さんや吉岡さんの紹介で入ってきた方が多く、改めてお二人のすごさを感じました、家族連は入ってから13年から1年までの方がいました、皆さん自分一人ではなく他の家族や先生やDSさんに話を聞いてもらえ相談できることで、親も子供も成長できお互い理解し合えるようになったと感じているようです。 DSさんからは学校の勉強とちがって実際に子供たちに接することがとても勉強になっている、またDSさん同士で真剣に話し合い出来ることも有意義だとの事でした、子供たちと遊ぶことをとても楽しんでいてストレス解消になっている、自分も共助連に参加することで癒されていると聞いてほっとしました、そしてやっぱりおいしいご飯とお酒も楽しみの一つですね、今回DSさんからたくさんの話がきけ皆さんとても真剣に取り組んでいて学校と両立していく事も大変なんだろうなと頭が下がる思いでした、こんなすばらしい人達がたくさん集まっている共助連ですからこれからもDSさんや先生方の力を借りて家族連も協力して着実に成長していけたらいいなと思いました。 (F・H) |
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◆2007年1月例会 |
| ・日時:2007年1月27日(金)19:15〜21:30 ・場所:杉並区永福和泉地域区民センタ- |
テーマ:−過剰適応による不登校について−国立大蔵病院成育心理外来での不登校への取り組み |
| 講師:伊澤正雄さん(発達共助連セラピスト) |
| <内容> |
| 伊澤正雄さんが、旧・国立大蔵病院時代の心理士として活躍していた時に扱った不登校になった子ども達への支援の見立てと院内での取り組み、さらに院外での連携などについて、その一部の過剰適応による不登校の例をとりあげて、その根拠と治療体系をお話しいただきました。 |
| <2007年1月月例会に出席して>・1 | ||
私自身、不登校の息子を持っているので、非常に興味をもって参加させていただきました。共助連に入会して三年目になりますが、月例会のテーマに初めて不登校関連が選択されたので、うれしい気持ち一杯で会場に向かうことが出来ましたし、伊澤先生のお話に聞き入ることが出来ました。 過剰適応による不登校・・・伊澤先生のお話を聞いているうちに、まさに私の息子にあてはまるとつくづく感じてまいりました。 専門的なことはよくわかりませんが、不登校とその対処方法について、今まで断片的に「こうしなさい。ああしなさい。」と言われていたことが論理的にその理由が理解できたような気がしてきました。 また、「過剰適応してしまっている」ことが原因になっているということを、不登校している本人がきちんと気がついていることが重要なことかもしれないとの思いも持ちました。 家に帰って、息子に月例会の内容を話してみました。「過剰適応」と不登校の因果関係を理解してくれたかどうかわかりませんが、心の隅に残ってくれたのではないかと期待しております。 息子の長い不登校はまだ続いていますが、すこしづつではありますが改善の兆しもみえております。 あせらず、時間をかけて戦っていきたいと思っております。 最後になりますが、伊澤先生には貴重な講義をしていただき大変ありがとうございました。〔S.K.) |
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| <2007年1月月例会に出席して>・2 | ||
伊澤先生は、本人が辛くなければ周囲にはいいのだけれど、とおっしゃっていましたが、過剰適応はパニックと同じ辛いものであると、私自身は推測します。それをどうして治すかというより、どうやわらげてゆけるか…、私自身にも期待に応えたいという気持ちもありますし、誰に対してもあると思います。しかしそれがつらいものであればどうしたらいいのか? その為には自身の考えや、どこまで自分を許してやるのかを意識することが必要であると思います。 しかしそれは本人にとってとっても辛い作業だと思います。 なので、本人が自覚するだけでなく、それをとり巻く周囲の人々がその結果を受け止め理解する事が必要なんだと思います。 それは過剰適応にかぎらず、周囲の人が理解することが少しは当人を楽にしてやれるのではないか、辛いとき人に話せて相談できることがいいのではないかと思います |
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◆2006年11月例会 |
| ・日時:11月17日(金)19:15〜21:00 ・場所:杉並区産業商工会館 |
テーマ:発達共助連の歩みを振り返る |
| 講師:伊澤正雄さん(発達共助連セラピスト) |
| <内容> | |
その間、連員にかなりの出入りがあり、最近では昔の発達共助連の様子を知らない連員も増えて来たため、発達共助連創始者ともいえる伊澤さんに発達共助連結成の経緯、その理念、その後の経過、旧・国立大蔵病院との関係等についてを語って貰った。 |
| <2006年11月月例会に出席して>・1 |
| 晩秋の11月27日、産業商工会館にて、伊澤先生から共助連発足当時から現在に至るまでの歴史や諸活動について、ビデオプロジェクターによる映像を見ながらの例会がありました。いつもの例会ですが、いつもの会ではない… 冒頭から先生の今年度をもって心理職から完全引退という宣言があり、会場には何か重い空気が漂っていました。共助連は、皆さんの力で成り立っていることは言うまでもありませんが、やはり"伊澤あっての共助連"というイメージが強く、この衝撃的な宣言には誰しも言葉がありませんでした。 私は、ちょうどこの一ヶ月前、この会場で行われた軽度発達障害シンポジウムで連の活動報告をするはめになり、超多忙な先生がその準備ために時間を割いてくださったお陰で何とか終了できました。それをきっかけに連のホームページやしおりを真剣に読み返すと、ただの飲み会ばかりに見えるいろいろな活動も、実は治療的効果が多く含まれていること、また旧国立大蔵病院時代から築き上げてきた横の連携(病院、学校、家庭、地域など互いの壁が厚いにも関わらず、先生が惜しみなく出向いて繋がりを拡大した)により、その中心で喘いでいる子どもや親の生活環境を整えていったことなどが、明確に見え、共助連ってすごい!先駆的な団体なんだと確信したのです。 伊澤先生には行動力やフットワークの良さ、更に人脈を繋いでいく技の巧みさがあり、それゆえ多くの学生や専門家が集まってきたのでしょう。今までにいかに多くの親子が共助連を支えてきた先生から援助の手(恩恵)をいただいたことでしょうか。私自身もそうですが、もしこの出会いがなかったら、今の自分も在りえないし、こうして共助連に根を下ろすこともなかったと思います。また更に、この恩恵はその個人に留まらず、子どもを介してある人は入連を進め、ある人は仲間を増やし、またある人は学校へ教育委員会へと働きかけるなどその人のできる力で波及させているといっても決して過言ではないと思います。現にかつてのDSさんたちは専門家として活躍しているではありませんか! 最後になりましたが、願いが叶うなら伊澤存続を希望しますが、それは不可能との事、先生の今までの功績に深く敬意を表し、心からお礼申し上げます。 "共助連は不滅"です。また新たなパワーで皆さん頑張りましょう! (高橋サカイ・記) |
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◆2006年10月例会 |
| ・日時:10月27日(金)19:15〜21:30 ・場所:杉並区永福和泉地域区民センター |
テーマ:DSによる寸劇「教室の気になる子どもたち」 |
| 講師:伊澤正雄さん(発達共助連セラピスト) 出演:DSの皆さん、母親連員 |
| <内容>-DSのレターより | ||||
その寸劇を今回は月例会でやることになりました。 子供たちの何気ない言動のなぜ?あるいはその時の子供たちの気持ちなど、理解を深めるいい機会になればと思っています。DS一同アガらないで精一杯演じてみようと思うので、是非是非ご参加ください! |
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| <2006年10月月例会に参加してして>-出演母親の感想 | ||||
今回の寸劇ではアスペルガー・ADHD・虐待による多動・場面緘黙・書字障害・算数障害について行いました。 実際にあった学校での様子を寸劇にしたとの事で、その時にどんな気持ちで行動し、周りからどう見られたか、それぞれの行動の特徴を教えてもらいながら練習しました、練習していくうちに子供たちが学校の中で不適切な行動をとってしまうが、自分では意識していなかったり、本人に悪気は無いが周りに迷惑を繰り返しかけてしまう状況が、本人にとっては自然な行動なんだろうとが少し実感できたような気がしました。 もしも問題のある行動をしてしまったら、先生がその時々に適切な言葉で注意してくれたり、今の状況を本人に分かりやすく納得できるように説明してくれたら、子供たちの行動も周りの態度も変わっていき、子供も親もずいぶん救われるのでは無いだろうかと練習をしていて思いました。 また、雑談の中でみんなそれぞれ自分にも苦手なことがあると言う話が出てきましたが、その苦手なことをみんな何かでちゃんとカバーしていて、子供達にもこれから自分の苦手なことや出来ないことをどうやって補いカバーしていけばいいかを、共助連の皆様の力を借りて一緒に見つけて行って欲しいと思いました。 (福室・記) |
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| <2006年10月月例会に出席して> | ||||
この日は「教室で気になる子どもたち」というテーマの寸劇の日でしたが、実際寸隙を見てみると、「あ〜、いるいる!こういう子、いるわ〜。」と、さまざまな子どもたちを結びつけたりしながら見ていました。実態をつかんだ次のステップとして、方策を打ち出していくことだと考えます。「その子どもにとって、どういった支援ができるか」といった視点に立つとき、必ず「どういった支援が必要なのか」というところにさかのぼって、向き合っていくことが求められます。そのためには、その子をとにかく よく見ること。子どもの行動にはすべての真実が隠されているからです。 そして、「このことが起きているということは一体何なのか?」と、その行動の後ろにある背景も含めて「その子」として受け止めてあげることは大切です。 この世に生を享けた子どもたち一人ひとりが今幸せであること、安心できる場所があることを望まない教師はいないと信じたい。そして、これからの時代、この日おこなわれた寸劇に出てきたような障害の知識を少なからず持ち、今を生きる子どもたち一人ひとりと心のチャンネルを合わせられる教育者や親が増えるほど、自己肯定感を持って生きる子どもたちが増えるのではないか・・・と考える今日この頃であります。 (あじあんな人) |
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◆2006年9月例会 |
| ・日時:9月22日(金)19:00〜21:00 ・場所:杉並区阿佐ヶ谷地域区民センター |
テーマ:「若者たちの就労支援策について」 |
| 講師:小野寺徳子さん(厚生労働省職業安定局雇用開発課、元発達共助連DS) |
| <内容>-講師のレターより- | |
| 『雇用失業情勢は改善傾向が続く中で、依然として若年者の失業率は高水準となっています。 「フリーター」「ニート」問題が大きくクローズアップされて久しく、労働行政においてもこうした若年者の雇用問題は大きな政策課題となっています。若年者を取り巻く雇用の現状、問題点、各種支援策を紹介させていただき、これから社会へ出て就職を目指す一人でも多くの方に「就職の実現」に向けた端緒をご提供できれば幸いです。』 (編集部・注) 今回は、発達共助連草創期の元DSで、渋谷のヤングハローワーク設立の際「しぶやしごと館」併設 に尽力された小野寺さんは、若者が就職活動に入る前に世の中にはどんな仕事があるのか、自分がどんな仕事に向いているのかを考えるような支援をされてきたそうです。私たち共助連においても、子ども達の就労についての多くの示唆が得らました。 |
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| <2006年9月月例会に出席して>-感想 | |
就労については今までの共助連の月例会でも大学の先生、本人、地域の就労に携わってる方といろいろな立場の方のお話しを聞いてきました。が、国の中央の機関である厚生労働省の方のお話しは初めて。生で聞ける機会は中々持てないもの。 共助連の人脈の広さには感心するばかりです。 今の日本は全体的に見ても、フリーター、ニート、正規雇用の減少と多くの問題を抱えているのに果たして自身に課題を持つ子供達はどうなるのか?どんな道が有るのか?どう切り開いていけばいいのか?知りたい事はたくさん有ります。 今回は、まず何から始めればいいのかヒントを貰う事が出来ました。 まだまだ先の様でいて、あっという間に来そうな「就労」慌てないように出来るだけの準備をしておきたいです。 (高橋寿美・記) |
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◆2006年6月例会 |
| ・日時:6月24(土)17:15〜19:30 ・場所:杉並区産業商工会館 |
テーマ:「思春期にさしかかった子どもたちへの対応」 |
| 講師:生田憲正さん(国立成育医療センター・こころの診療部医師、発達共助連理事) |
| <内容>-講師のレターより- | |||
| とうとう声がかかってしまいました。成育では洲鎌先生と一緒に、共助連のお手伝いをさせて頂いています。伊澤先生との出会いは、旧大蔵病院時代にさかのぼります。ですから、結構の年月が経ちました。 思春期について話してもらいたいと依頼されましたが、思い出話もしたいですね。また、同じ思春期の子どもを持つ親としての迷いも話したいです。どうもまとまらない話になりそうですが、お付き合い下さい。(生田憲正・記) |
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| <講師紹介> | |||
国立大蔵病院時代には、田原先生と共にチーム医療の中心におられ、成育心理外来を立ち上げられました。国立大蔵病院消滅後、国立成育医療センターでも発達共助連の目指すネットワークケア継続に力をおかし下さり、現在の「合同検討会」も生田先生と洲鎌先生のお力があって成り立っています。が、実はとてもひょうきんなドクターでもあります。 これまで月例会でお話し頂いてなかったのは、発達共助連七不思議の一つでしたが、今回ようやく実現しました。 |
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| <2006年6月月例会に出席して>-DS感想 | |||
とはいっても私なんぞまだまだ心理学科の学部生レベルなので、大した知識も経験もなくまったくのど素人ですが、今まではどちらかといえば生田先生が今回話してくださったような精神分析的アプローチとでも言ったらいいのでしょうか、そういった医療モデルでの1対1の心理療法のようなものを中心に勉強してきたからです。なので私自身共助連のようなネットワークケアの考え方には大きく影響を受けています。 全くの私事ですが、月例会当日はホタル会で傷めた腰が悲鳴を上げておりまして必死だったため(涙)、あまりちゃんと理解できた自信がないので、今回はキーワードの一つでもあった過剰適応について自分なりにちらっと書かせてもらおうかなと思います。 過剰適応というのは、自分の感情を押し殺して周囲の期待に答えようと必要以上に無理をしてしまうことをいいます。そうやって長いこと自分の気持ちを抑えていると、次第に自分が本当はどう感じているのか、何がしたいのか忘れてしまってわからなくなっていってしまうことがあります。 私個人的には、過剰適応は自尊心の低さと関係しているんじゃないかな、と思います。自尊心というのは、自分のありのままの感情などを受け入れられる心をいいます。それが低いと、他人と意見が違った時などに、自動的に自分の方が悪いように思い込んでしまったり、ネガティブな感情を持つことに罪悪感を感じてしまったりするのかな、と。相手と違っても、ありのままの感情でいていいと思えなくなってしまうのでしょう。 じゃぁなぜ自尊心が低くなるかというと、まず一つには否定的なメッセージにさらされすぎてきた可能性があると思います。自分のありのままの気持ちを表現しても否定される、という経験が続けば勇気がくじかれてしまいます。また怒られることが多かったり、肯定的に受け入れられる経験が少なければ、「自分はダメなやつなんだ」という感覚が植えつけられてしまい、そのダメな自分の意見や気持ちなんて…と一歩引いてしまうようになるのではないでしょうか。 厳しいことを言う人がいても、優しい声を掛けてくれる別の人がいたり、子供の頃からいろんな人間関係に出会えれば、自分の中に人間像のモデルがたくさんできて、自分が人と違っていてもいいと思えるのだろうけど、近頃の都会では子供が経験できる人間関係が狭くなっているのではないでしょうか。だから、話にも出たとおり、共助連のDS活動は、子供に新しいモデルを与えられるほんとうにいいチャンスなんだと思いました。お父さんでもお母さんでも先生でもない大人との密な関係は、昔ならあたりまえに近所のお姉さんやおばさんとかがいたのだろうけど、最近ではそういうことが減っているので、共助連でそういう新しい人間関係を経験することは子供たちにとってすごく価値のあることだろうなと思います。 (DS:松原 有希) |
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| <2006年6月月例会に出席して>-感想 | |||
| 今回生田先生のお話と聞いて、私は成育医療センターになってから達也の事で月に1回生田先生とお会いしてきたので、楽しみにしてきました。 ところが、お話を聞いてビックリしました。何故ならこの共助連の基本の考え方のネットワークケアーというのとは違う所から、医者として入ってきたとおっしゃったので、異文化であったなどの言い方を聞いて、本当に驚いたのですが、ず〜と話しを聞いているうちに、医者なら治す方法を知っているんだ、病院へ行けば治るとか、専門家なんだから知っているはずなどの考えは危険であるし、まかせっきりに出来る子育てではない事を知っているつもりなのに、『障害』といわれた時に『この子の育て方教えて!治して!』となってしまいやすいのではないでしょうか。 障害だろうがなかろうが、人が人を育てるという事にベストな答えがあるわけでなく、模索しつづける事が大切なんでしたね。 ドクター達もこんなに悩んで下さっているのだから、私達親もおおいに悩み子育てを楽しみましょう! (家族連/出口智子・記) |
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◆2006年5月例会 |
| ・日時:5月27日(土)PM5:15〜PM7:30 ・場所:杉並区阿佐ヶ谷区民センター |
テーマ:「発達共助連のDS活動が生かす心理臨床の仕事」 |
| 講師:藤本昌樹さん(静岡福祉大学社会福祉学部福祉心理学科専任講師、元共助連DSリーダー) |
| <内容>-講師のレターより- | |
「あー、あの生意気な学生だった人ね」といった記憶をお持ちの方も多いのではないでしょうか(笑) 久しぶりに「何でも良いから話してもいい」との話しを真に受け、この度、お話をさせて頂くことになりました。思い出話をしみじみする年齢には、まだ早い歳だと思っておりますが、せっかくの機会ですのでお話しさせて頂き、現在の心理臨床活動や、現在の仕事に大学生の頃、DSでの活動が役立っているかどうか?自問自答しながら、お話しさせて頂きたいと思います。 |
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| <2006年5月月例会に出席して>-感想 | |
でも…いや〜すごかったですよ。藤本さんは。その知識と経験。伊澤先生から「昔のDSはすごかった」とはなんどもなんどもなんどもなんどもお聞きしましたが、実際にお話を伺って「な〜る〜ほ〜ど〜」と大いに納得してしまいました。また、身体への刺激とココロの動きといった、私が特に興味を持っていることに対しても色々伺うことができて、本当に勉強になりました。 ありがとうございます。あんな方は放ってはおけません。ぜひぜひ、お仕事の合間で再び共助連の活動に参加していただけるよう、さっそくお話しなくては… (やまぐちあずみ・記) |
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◆2006年3月例会 |
| ・日時:3月30日(木)PM7:00〜PM9:30 ・場所:セシオン杉並第8集会室 |
テーマ:「発達支援における作業療法の実際とその効果」 |
| 講師:仲本 政史さん(作業療法士、連アドバイザー連員)、山口 安澄さん(健康心理士・連SDS) |
| <内容> | |||
作業療法とは作業を媒介とした治療・訓練法です。過去・現在・未来が作品として目で確認できるので安心して行える。これが作業療法の最大の特徴です。作業から何が見えてくるか。また、何が治療されるのかを紹介して頂くと共に、実際の作業療法の例を体験しました。 |
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| <2006年3月月例会に出席して>感想 | |||
作業療法には構成的作業と創造的作業があり、構成的作業は工程どおりに行えば完成する作業で安心して実行できる作業です。たとえば作業工程でミスをしてもさかのぼって修正可能である事を体験することによって、日常的な生活場面での生き安さの提供につながるとの事。創造的作業は、自由な工程で陶芸、絵画、粘土など芸術性の高い物が多く、自分の気持ちを投影させて表現しやすい反面、自我のコントロールがうまくいかない場合混乱を招くとの事でした。今回は構成的作業のパーラービーズを体験しました。四角や星型やハート型の台に色とりどりのビーズで模様を作る作業で、自由に作ろうと思い始めてみたのですが、なかなか進まずに一つ置くごとに悩んでイライラしていました。模様のパターンが決まるとスムーズに進み、気持ちも楽になりました。構成的作業は完成が予測できる事で、安心して作業できるという事が実感できました。グループに分かれて行ったのですが、皆それぞれにバラバラな取り組み方でしたが夢中になっていました。 一つの物を二人で作ったり、グループで一つを作った所も有り、それぞれにとっても個性的でユニークな物が出来、また作っているときの会話がまたおもしろくて愉快でした。道具のピンセットを使った方が楽な人と、手の方が楽な人、またピンセットの持ち方にも違いが有り、手にも指先つまみと指腹つまみがあったり、ビーズの置き方も回りから置くか中心から置くかなど、それぞれ違いがあり、それによって色々と見えてくるようで、作業療法はとても奥が深いなと感心してしまいました。自分も作業療法で苦手な事が良くなるかしらと思ってしまいました。何はともあれ楽しいひと時を過ごす事ができました。 |
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◆2006年2月例会 |
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| 日時:2006年2月25日(日)PM6:00〜PM8:00 会場:杉並区産業商工会館 |
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テーマ:「コミュニティ心理学と発達共助連」 |
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| 講師:吉岡さやかさん(DS連員) | ||
| <内容> | ||
| 発達共助連が理念として掲げ、実践を続けているネットワークケアの重要性について、心理学の一分野であるコミュニティ心理学の観点から話して貰いました。 | ||
| <2006年2月月例会に出席して>-DSの感想 | ||
コミュニティ心理学の考え方は、本当に夢のあるものだと思います。 患者を医療の現場に招くのではなく、援助する側が相手の生活の場に出向いていく。これは本当に必要なことであると思います。なぜならば、こと精神医療の領域においてはそもそも医療の現場にすら手が届かない人たちが大勢いるからです。 適切な援助を受けるためにはこちらから出向いていかなければいけない。でも苦しんでいる人たちにとってはそもそも「出向けないこと」そのものが苦しみなのです。“ソーシャル・ダーウィニズム”という言葉が胸に響きます。援助の手は一部の機会に恵まれた人にしか差し伸べられない、残念ながら大抵はそれが現状です。 また例えば心の病を考えるとき。薬や心理療法だけで本当にその人を救えるのでしょうか?薬や心理療法の多くはあくまでその人自身にしか作用しないものです。もちろんその人自身の変化によって解決できる問題もたくさんあると思います。でもそれだけではないでしょう。本人の問題ではない理不尽な苦境を背負って苦しんでいる人など山ほどいます。そういう人たちが必要とするのは自分の変化なんかよりもむしろ現実的な危機介入であったりするでしょう。 また病や障害を抱えたとき、それそのもののつらさももちろんあります。けれどもっとつらいのは、それによって二次的に失ったものや、得られなかったものの大きさだと思います。最初のきっかけはいろいろあるでしょうが、そのうちに“病気であるということ”や、“病気によって社会生活が送れないこと”そのものが病因に変わってしまったりします。そういう時に必要なのは治療だけではなく、やはりもっと現実的な生活支援であり、社会復帰の支援であり、社会の側での受け入れ態勢であるでしょう。そういった側面に向き合おうとしているのがコミュニティ心理学なのでしょう。実際に私自身医療の力だけでは救えないような例を身近に見ていて、本当に悔しさを覚えます。 だからこそ、共助連のように医療、教育、家庭が一体となったコミュニティの存在は本当に価値があるものだと思うのです。特に問題が起こってから解決するのではなく、大きな問題が起こらないように日々の生活からバックアップしようという考え方は素晴らしいと思います。 またグループディスカッションでは、本当に皆さんが共助連という組織にいることをナチュラルに楽しんでいるんだなということを感じ、暖かく思いました。 援助が必要な人も多ければ、誰かのために何かをしたいと思っている人だって少なくないはずです。その両者がうまく出会えることが理想だと思います。そういった意味でもその中継となる役割を果たす場の存在は重要です。そういう場としての共助連のさらなる発展を願うとともに、もっともっと共助連のような組織のよさが広まり、いろいろな分野で生かされればいいのになとつくづく思いました。 私は大学生のうちからそんな場に出会えたことに感謝をしています。この出会いを大切に、みなさんと一緒にたくさんのものを吸収してもっともっと何かを変えていく力のある人に成長していきたいなぁと思います。吉岡さんは私がもっとも尊敬する友人の一人ですが、また一つ、夢をもらった気がしました。頑張ろうと思います! (DS連員・松原有希・記) |
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| <2006年2月月例会に出席して> | ||
その子のペースにあわせる、出向く。医者と患者の接点が縮まるわけである。 又、子供の問題は子供、親だけの問題ではなくさまざまな環境、すべての要因によって生じるものなのであるから、総合的な支援が必要であるということ。どう治すかではなく、その人にとっての人生をみた上でのケアを考えたい。 (ここ迄のお話しを聞き、なんてスケールの大きい話なのだろうかと思った。) その重要性は以下に続く。だからネットワークケアが重要であるという事。 治療ではない成長QOLが目標であり自助にもとづく共助が大切である。 これなどは、立場肩書きを捨て関わる共助連のデイキャンプに符合し、コミュニテイ心理学とはまさに共助連の動きそのものであるという所に驚かされた。 話しはちぐはぐではあるが、断片的メモをとった。 1. 人間を全体としてとらえる。 2. 共に生きよう、生きているのだ 3. 自分らしく生き、けして切り捨てない社会 4. 自分たちの責任で生きよう。 ※ひとりひとりの主体的な参加が大切である。 (参加するところから何かがみえてきたり、元気をいただいたりもしかしたら、誰かに元気を与えているかもしれない。もちつもたれつなのだと思った) また、 『危』→危険 『機』→機転、機会、(大変)→大変は自分が大きく変われる時 非専門的、ボランテアの協動 1.提供するサ-ビスの多様化 2.ヘルパー、セラピー原則 3..専門家の人材開発に繋がる 4.専門家中心主義からコミュニテイ中心主義 とまたまたメモをとった。 吉岡さんはボランテアで子供と現場で関わってこられた方だから、机上の空論ではなく上記2のヘルパー.セラピー原則を肌で感じている。 現場で関わることの重要性しらずして、今回のお話はできなかったのではないかと思った。二十歳という若さに、おじさん、おばさん達は感心してしまいました。また、共助連員として大変心強く思いました。 共助連の大切さは個々にありですが、今回コミュニテイ心理学をある意味実践活動している共助連は、もっと自信と誇りをもってよいのだと思いました。 そして今回のお話は、もっと多くの方に聞いていただきたいと思ったのでした。 また、講話後小グループにわかれ話しあう機会をもたれましたが、人それぞれの思い、意見、見方の違いはさまざま→(これ当たり前)ですが、『ありのまま』それでいいのだと思いました。はきだせる場があるということ。自分らしくあれること。ひとりで抱えこむことの方がこわいと思うのです。 また、専門家ではなくとも関れることはある。援助する側される側の垣根をこえたそれは主体的参加に繋がってゆく事で、共に生きていると感じること。参加するというところに、私自身がネットワークケアをされていると感じた会でありました。 決して無理はせず、そのままの自分を大切にであります。 (佐久間・記) |
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◆2006年1月例会 |
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| 日時:2006年1月21日(土)PM7:00〜PM9:30 会場:杉並区産業商工会館 |
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テーマ:「共助連における発達学習支援への意味」 |
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| 講師:阿子島茂美さん、大野映子さん、山口安澄さん(何れも発達共助連アドバイザー連員) | ||
| <内容> | ||
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| <2006年1月月例会に出席して>-感想・1 | ||
阿子島先生が提案・試行された学習支援、娘は当初より参加させて頂き、現在は大野先生・DS山口さんの指導を受けております。 共助連で学んだことの第一は「運動の大切さ」です。ですが、親というもの、そうは言っても学習的・知能的なことが気になります。他の団体などで学習的なプログラムを行っているところもありますが、まだまだ数も少なく不十分なように思います。そんな中、阿子島先生の試みは本当に喜ばしい思いでした。 実際の支援の様子は何度か拝見させて頂いております。いわゆる算数や国語のお勉強的なことは、身構える感と疲れることも多い娘ですが共助連での学習支援は本当に最初から最後まで楽しく、笑顔で終えています。楽しくできること、それが何よりだと思っていましたが今回先生方のお話を聞いて、その裏では一人一人についての綿密な考察と計画が練られていたのだ・・・と実感。感謝の思いは絶えません。大野先生の、「ここで子ども達の為に考え得た方法は、実際の学校学級の中でも活かすことができてとても良い」というお言葉が深く心に残っております。 学習支援を受け始めて約半年。運動の活動や対人の中での発達、いろいろな相互作用の中での子どもの成長です。どこがはっきり学習支援の効果と言い切れるものではありませんが、私としては学習支援を始めてからまた少し子どもの中で何かが変わったように感じています。 学習支援に携わって下さる先生方・DSの方々に心よりお礼申し上げます。学習支援の今後のご継続、ご発展を心より願っております。 (小林・記) |
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| <2006年1月月例会に出席して>-感想・2 | ||
そして皆さんの情熱とひたむきさをつくづく感じました。特に大野先生の教材を探すお話など、阿子島先生と夜中までメ-ルのやりとりをしている様子が目にうかぶようです。体力と時間を使って子供がのってくものを探す。 探したその教材で、子供がのってきた時の喜びを思うと、労力は楽しさになるんだな〜と先生がキラキラ光って話していらっしゃる様子を羨ましくさえ思えました。又、終わりの方にでた『指導計画は綿密に実行は柔軟に』や『勇気ある撤退』というあたりは、さすが!やはりプロすごい!とただ感心ばかりで、親の私にはできないけど、子供とつきあう時にそのことはとても大切なんだよねえ〜と納得して聞いていました。 今回のお話は私にとって、共助連が具体的に見えてきましたし、また今年の共助連が楽しみになってきました。 |
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◆2005年10月例会 |
| 日時:2005年10月23日(日)PM2:30〜PM5:00 会場:高井戸地域区民センター |
テーマ:「学校生活における発達障害の子ども達の苦悩をロールプレイで体験」 |
| 講師:藤本弥生さん、橋本久美子さん(何れも共助連連員、臨床心理士) |
| <内容> |
| 今回は発達障害を持つ子ども達が、授業時間中や休み時間など学校生活の場面で先生やクラスメートからの言葉や行動をどのように捉えているか、どう反応しているのか、周囲とのギャップなどを参加された皆さんが、実際に先生役、子ども役になって互いに体験してみました。 『立場を変えることによって見えてくるもの』の大きさを知る良いチャンスでした。 |
| <2005年10月月例会に出席して>DSの感想 |
| 非常に興味深い体験をさせていただきました。 まずは現職の臨床心理士の方々にお会いできたこと。これはすごく貴重なことだと思いました。目の奥の光が違いました。鋭いというか、なんというか。あまり個人的にゆっくりお話しすることができなかったので、なんとも言葉にならないんだけど、とにかく、すごく尊敬というか憧れるオーラを感じました。もっともっとゆっくりお話を聞きたいと思ったし、この方々から何かを吸収していけたらと思いました。 今回の月例会は、ソシオ・ドラマを用いて理解を深める、ということをしました。 ソシオ・ドラマというのは、参加者が、各当事者の役割を担当し、それぞれの立場から状況を考えていくアプローチです。 子供本人とか、親とか、先生とか、相談員とか、そういう役をそれぞれで担当します。 初参加というのに、相談員の役を引き受けてしまった私・・・。 一番有意義だったことは、親御さんたちの話を聞けたことです。子育ては日々戦いであるのだ、と実感しました。焦りと不安の連続。 話を聞いていて思ったことは、子育てというのは、どこへ向かっていけばいいのかわからない、という不安が非常に大きいのだということでした。「普通」を目指すのか。「個性」を受け入れるのか。理想を言えば後者なのだけれども、それだけでは現実問題として大人になってから生きていけない。社会にはまだまだ受け皿がない。親としてはきっと「普通」に近づけたいんだけれども、やはり難しい。子供自身もきっと「普通でありたいけどあれない」という現実に段々と気付き始めていって、その過程で自信を失ったり、そういう精神面での苦しみを感じたりすることもあるかもしれません。 学習面での遅れとか、そういった二次的な苦しみとか、親御さんにとって見れば全てが未知の領域であって、しかも日々の生活の中で対処していかなきゃいけないのだということを改めて知りました。今の日本ではそういう家庭に対する支援が薄すぎると思います。そしてそれはそういう例に限らず一般の子育て支援に対して言えることであると思います。 「答え」が欲しいとおっしゃった親御さんがいました。きっと「これだ」という答えは存在しないけれども、それぞれの家庭でそれぞれの答えを出していけるよう、支援する人が絶対に必要であると思いました。 何が一番必要であるかといえば、それは「情報」であると思います。 障害に対する知識であるとか、認識を持っている人は少ないように思います。現実問題避けては通れないはずの教育現場に携わる人でさえもそうであるのは悲しいことではありますが。教育現場や医療現場、そして家庭で、何らかの認識や知識を共有することが大事のような気がします。 イメージや偏見にとらわれず、今の時点で正しいとされる、医学的知識。それは例えば子供の示す特徴的な言動に対する現時点での医学的解釈であるとか。まだまだわからないことだらけの領域ではありますが、ひとつひとつの言動には医学的な根拠があるとされていること。そのことだけでも広く認識されれば、障害というものをもう少し理解しやすくなるのではないかと思います。 子供にとっては将来的に「障害者である」というセルフイメージをいかに受け入れていくかという戦いが待っています。親御さんにとっては「自分の子は障害児である」ということをいかにして捉えていいか、非常に戸惑うところだと思います。そういった答えを各々が出していくには、きちんとした助言を継続的に受けられるような社会的支援が必要であると真に感じます。 自分は臨床家を目指しています。その中でも何をやりたいか、まだ具体的には定められずにいるのですが、個人と社会の架け橋になるような中継地点的な仕事がしたいと最近では思うようになりました。 カウンセリングのような対個人のケアをイメージして大学の心理学科に入りましたが、結局、内面を追求するだけじゃ足りず、今その人がいる状況を変えなくては、何も変わらないのだということに気付きました。対人関係とか、純粋にコミュニケーション上解決していけるような問題もありますが、心の病であるとか、障害であるとか、それだけではどうにもならない問題も多々あります。明らかに社会的な支援なり、生活上の援助が必要な場合が。しかしながらそういった支援は今の日本ではほとんど期待できません。 その辺のところにぶつかっていけたら、とつたないながら思っています。 1人で手をこまねいていた私に吉岡さんがきっかけをくれました。勇気を出して、少し動き出してみようと思います。 (M.Y) |
◆2005年9月例会 |
| 日時:2005年9月10日(土)PM2:30〜PM4:30 会場:杉並区産業商工会館 |
テーマ:「何らかの支援があって働く」 |
| 講師:佐藤 弘美さん(障害者の住みよい杉並を作る会) |
| <内容> |
| 内容 1 「不適応」の理由 2 地域での自立した生活をめざす現状 3 人生の中で働くこと 4 障害者雇用の仕組み 5 発達障害者支援の現状 6 杉並区でめざしたい方向 |
| <2005年9月月例会に出席して> |
| 共助連に入れて頂いて1ヶ月。8月に阿子島先生のお話をききに月例会に参加し今月入連したばかりです。我が子が何といっていいかわからないけれど、まわりと自然な形(?)でうまくいかない。学校で先生とのやりとりがスム―ズにいかない。それによってより一層心配な方向へ子供が向いていく様に思え、阿子島先生に相談した事が一番はじめのきっかけでした。 まだまだ「我が子を、どうしたらいいの?」という域から出られない私でしたが、入連したからには、月例会には何とかして参加しようと心に決め、9月佐藤さんのお話を伺いに出掛けました。 正直な気持ち、お話をきくまでは、ただ漠然と支援って? 障害者が住みよいって?と疑問符ばかりでしたが、段々お話をきいているうち、とても現実的な私自身にとっても、とても身近な問題なのではないの?と思えてきました。 「不適応」とは、近頃私にはよくきかされる言葉ですが、そうした事がどのように影響し、行政の中ではどう取り扱っているか、また不適応だけでなくもっと幅広く障害のあるないに関わらず、住み良いまち作りとはなど、今の現状今後の課題などをわかりやすく話して頂きました。 「大変よくわかりました」というには程遠い私の理解度ですが、少なくとも遠い所にある大変なお話という意識ではなくなりました。また、住いが埼玉なのですが、東京との差の様なものがやはりあるのかな?という思いなど、色々な気持ちが胸の中で交差しました。 まだまだ我が子についてどうしたらよいのかという、とても近い問題でいっぱいの私ですが、でも「現在(いま)」だけが問題じゃないとも考えさせられた講演でした。 (N・M記) |
◆2005年8月例会 |
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| 日時:2005年8月12日(金)PM7:00〜9:30 会場:杉並区阿佐ヶ谷地域区民センター |
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テーマ:「共助連に伝えておきたいこととカナダの発達支援教育」 |
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| 講師:阿子島茂美さん(発達共助連副代表、前東京LD教育研究会会長) | |
| <内容>-講師のレターより | |
♪共助連で得たもの 本格的に心理学を勉強しはじめたのが10有余年前。離婚騒動が機。遅い出発です。大学での勉強、国立大蔵病院の成育心理外来での実習、発達共助連で支援活動への参加。それまでの教師という枠から眺めていた子どもとは違う姿がそこからは見えてきました。親はなんと業の深いものか、子どもはなんと劇的に変化し得る存在なのか。共助連で学んだことは大変大きい。驚きであり、子どもへの興味と関心が沸き起こってきました。子どもの行動から気持ちや背負っているものが見えてきました。子どもの再発見がありました。 私が教員として幸せな時間を過ごせたのは共助連をはじめとして病院、研究会のメンバー等の関わりが持てたからであることは言うまでもありません。共助連のみなさまに感謝です。 ♪発達支援を海外に広げるーなぜ中国か またまた、教職を退くのを機に憧れの地、中国に行こうと企てています。私にとっては中国は学生のころからの憧れの地、卒業論文も魯迅論の翻訳でした。中国に始めていったのも1978年、日中国交回復調印の2週間後でした。人知を飲み込んでしまうような広い広い大地、長い長い歴史、13億もの個性。この国と関わってみたい。ごく単純な動機です。そして、ちょっぴり「自分の教育実践は日本以外でも有効か」。 12日、皆様にお目にかかれるのを楽しみにしています。 |
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| <2005年8月月例会に出席して>・1 | |
先生と出会った頃の私は子供をどう捉えていいのか分らず、どうしてこのような子が生まれたのか、自分は不運だと思っていました。 子供が学校でトラブルが有る度に、先生は時間を作って私の話を聞いて下さいました。質問疑問に対して、その時答えを教えてくれるのではなく、私に何かを気ずかせる様に話して下っていたと思います。 暫くして、あの時におっしゃっていた事は、こういうことだったんだ〜と、気が付きました。 それから、子供の事ではなく私の自分探しが始まりました。 自分が少しずつ見えてくると、他のものを見る目が変わりました。これは私にとって大きなことです。 子供が上手く出来ない事は自分も似たような所がある。 例えば我が子はテストを受ける時、とても緊張するのですが私も日常よく緊張する。それから、クラスの友達に依存するのですが、私もそういうところがあります。これも先生にキッカケを貰い、最近分かった事です。 阿子島先生は、困っている子供が目の前にいるとその子のために必要な事をする。それは影のようであったり、立ち向かったり。その結果、周囲から理解されない事があってもその軸はぶれる事なくに進んでこられました。 先生の中国行きに関しては二つの気持ちがあります。 相談ごとの耐えない子を持つ母としては、中国で嫌な事が重なり、ホームシックになり、食が合わず体を壊し早々に日本に帰ってきて欲しい気持ちが半分。もう半分は一人の人間(女性)として思うのですが、悔いの無い日々を出来るだけ長く中国で送って欲しいと思います。 時折り来日して、徹夜でパワーポイントを作成し、急性胃腸炎になりながら月例会で発表してくださる事を楽しみにしております。 それから先生の後を引き継ぎ、学習支援に協力してくださるご多忙の現役教師であられる大野先生には感謝しております。 最後に、8月の例会で何度か阿子島先生が言っておられた「プライドを持って共助連を続けてほしい」が先生の信念であり、私達へのメッセージだと心に受け留めました。M .O |
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| <2005年8月月例会に出席して>・2 | |
カナダでの特別支援教育に関して見ていらっしゃったことは所々お聞きしてはいましたが、具体的に川上家の写真など見せて頂きながら説明をして頂いたのでよりよく理解することができました。その中でも印象に残っていることを二つに分けて記します。 1.「まず何より運動」とわれ運動を続けてきたこと 娘は明星学園に入学し偶然、阿子島先生の教師生活最後の生徒の一人となることができました。そして私は親として阿子島先生から自然に「発達支援」の観念を頂いてきました。そんな中「DS」を勧められはしたものの、川上さんと同じく・・・「なんだかわからないけど先生が良いって言うし。」の思いでDSさんについて頂きました。DSさんについて頂くにあたって、どうしても勉強が気になる私に 「勉強は、まだまだ今後挽回がききます。でも運動は今をのがしたらだめです。とにかく運動、運動して下さい。」・・・と言う先生。 「・・・そうなんですかぁ・・・??」 正直すっきりしなかったです。しばらくすっきりしない気持ちのまま、(これでいいのかなぁ、遊んでばっかり。)と、微妙な思いでDSさんとの活動を見てきました。ついて頂いたDSさんは、期待以上に素質のある優秀な方でそれゆえについ・・・「勉強もちょっとやりましょうか・・・?」と言ってみたくなったりもして。でも。 今娘は「体育が一番好き。」・・・と言います。川上さんと同じです。運動失調のある娘は、同年代と比べてがんばっていてもやっぱり人並みとはいきません。それでも「運動が大好き」と言います。 「体育は絶対無理。最初から体育は無理なんだ、病気だから仕方ないんだよ。」 と、本人にも周りにも先生にも了解してもらおうと思っていた体育。川上さんの「今にして運動してきた意味を感じます。」その言葉が私の心に深く響きました。実際体を動かすことが大好きな娘は、体の線を見ても(今時の子・・・というのもあるのでしょうが確実に私の子ども時代よりスタイルがきれい、親バカも入ってますけど)、健康状態を見ても、そして運動外の発達をみても、DSさんと運動メインの活動を始めてから特に良く伸びたと思います。今後も運動を続けていつか今後続く子達にその成果を伝えられたら・・・自信を持って「運動のススメ」をできたら・・・と思います。 2.カナダの人権意識ときめ細やかな個別支援、そんなカナダにも「連携」はない事実 阿子島先生に「孟母三遷」と言われ、土地に縛られない遊牧民的な私は、カナダのきめ細やかな個別支援を見て、できるものなら今度はカナダへ移住したくなりました。でもそんなカナダでも医療や学校の「連携」がない・・・。 それは驚きでもあるし、いかに特別支援教育の理想形は難しいか、そして連携の必要性を早くから訴えている共助連の偉大さも感じました。 日本の状況はまだまだまだまだ…。 学校の理解を深める活動をしていても壁の厚さ、何より阿子島先生のおしゃっていた「障害に対する意識の違い」は大きいです。私自身「それは人権、当然の権利」と本当に思っているか?と尋ねられたら「もちろん。」とは答えられません。それでも・・・阿子島先生と過ごした2年半、共助連に入って2年。私は「発達支援」というものに関して自然と必然と沢山のことを学ばせて頂きました。いつか大きな声で「当然の権利です。」と言えるようになれたら・・・と思います。 最後に、阿子島先生へ感謝とエール 私は、無宗教で信じる神があるわけではありません。しかし、もし神というような何かに導かれるとするならば、私は阿子島先生や発達共助連の皆さんに出会うべく導かれ、この地までやってきたと思っていました。 その阿子島先生が教師をお辞めになり、しばらく共助連も離れられる事実を知った時は自分の人生の選択さえ疑い、呆然となりました。けれど目の前に育てなければいけない大切なかけがいのない子どもがいます。きっとこの先に何かがある、自分の選択は間違ってなかった・・・と言える未来がある。そう信じて歩いて行こうと思います。 阿子島先生、娘をここまで成長させて頂きどうも有難うございました。私に知識を授けて頂きどうも有難うございました。いつの日かまた日本で・・・その日には先生と一緒に他の誰かを支える仕事ができたらいいな、と思いその日の為に日々精進・勉強しておきます。どうかお元気で、中国の子ども達にも元気を分けてあげて下さいね。行ってらっしゃい!! (小林 恵・記) |
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◆2005年7月例会 |
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| 日時:2005年7月22日(金)PM7:00〜9:30 会場:杉並区阿佐ヶ谷地域区民センター |
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テーマ:「子どもの成長に何が必要か、ネットワークケアの課題」 |
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| 講師:伊澤正雄さん(発達共助連専任セラピスト) | |
| <2005年7月月例会に出席して>・1-DSの感想 | |
私は大学で心理学を勉強しています。心理学には、人と実際に関わる「臨床系」と、人の心のメカニズムを脳の仕組みから研究する「実験系」の二つがあります。私は人と関わることが好きで、実験系には全く興味がありませんでした。でも、実際に子どもたちと関わる中で、子どもたちがどんな認知の仕方をしているのかをきちんと知ることが、子どもの成長の助けに重要であることを感じました。伊澤先生も話されていたように、熱意や愛情を持つことも大事ですが、それだけではカバーできないことがあるのです。また、子どもたちの認知の特性を知ることは、紙に書かれている定義や基準を見ることだけで判断できるものではなく、実際に子どもたちと長期間に渡って関わることで、やっと理解できてくるものなんだと思いました。 それでもやはり、熱意や愛情は一番力を生み出すものだと思います。発達共助連に関わる方と話していていつも感じるのは、「大人が変わらなければ、子どもも変わらない。でも、大人が少しでも勇気を持って変わること、見方を変えることができたら、子どもは驚くべき成長を見せる」ということです。これは、大人と子どもの関係だけに言えることではないと思います。 一人が熱意を持って動き出せば、もしかしたらたくさんの人の変化を生み出すことにもなるかもしれません。人と人とのつながりは、とても大きな力を持っていると私は信じています。また、ひとつの出逢いが、子どもたちの人生において重要な意味を持つこともあると思います。子どもたちがより多くの人から理解され、より広い世界を持って自分らしく生きていくためにも、まずは私たち大人が出逢いを大切にして、つながりを広げていかなくてはいけないと思いました。 |
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| <2005年7月月例会に出席して>・2 | |
| 伊澤先生のお話を月例会で聞くのは「大蔵太郎」以来、約3年ぶりです。 前回は入連してまもない頃で、共助連の歴史や大蔵病院で築きあげてきた事等のお話を聞いたと記憶しています。 この3年の間に、我が子の持つ<困難さ>が顕著に表れ、林先生や畔上先生のカウンセリングはもちろん、本を読んだり講演会に行ったり、彼を理解しサポートする為に自分なりに勉強してきました。 今回の伊澤先生のお話を聞いて、自分で得てきた知識の確認と、もちろん新たに聞く内容もあり、とても参考になりました。何より先生の話は具体的で分かり易く、すーっと頭に入ってくるのです。(これはセラピーでも同じ事。ぐちゃぐちゃになっている頭が、先生と話しているとトントンと整理がつき、今必要な事や優先すべき事が明確になります。) 伊澤先生は共助連の中で、今回のような内容のお話をされた事は今までなかったと聞きました。是非、第2段の機会を作っていただければと思います。 (高橋 寿美・記) |
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◆2005年6月例会 |
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| 日時:2005年7月2日(土)PM2:30〜5:00 会場:杉並区阿佐ヶ谷地域区民センター |
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テーマ:「軽度発達障害の捉え方―ADHD,アスペルガー障害をめぐって」 |
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| 講師:中根 晃先生(横浜市西部地域療育センター) | |
| <内容>-講師のレターより | |
ADHDの子どもが多動だからと言って多動を抑える教育方針では生徒の行動は悪化するし、自閉症が対人関係の障害だからと言ってこれを改善する心理的アプローチは、切無効である。発達障害への対応はこうすれば良くなるという想定で行うのではなく、今するべきことをすることを的確に把握して実行することである。 |
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| <2005年6月月例会に出席して> | |
具体例としてあげておられたのが、軽度発達障害と診断された方によるさまざまな事件は、あることを学習しなかったので発生してしまったと解釈できるとのこと。(より噛み砕いて言うと、事件を起こすことによりさまざまな不具合が起きるということを学んでいないために、あるいは行動の制御がうまく出来ないまま放置されていたので、事件を起こしてしまう。不具合とは、被害にあった側の恐怖、被害にあった側の関係者の悲しみ、怒り、嘆き、本人が罪に問われること、本人の家族への非難、攻撃などですね。) これに対して療育者が将来の危機的事態を回避するために何をすればよいかを考えて対応する必要があるそうです。(道徳の時間は義務教育には含まれていますが、軽度発達障害児にはそれを身に着けるための特別な配慮が必要と思われます。ただし、事件を起こす人は本人自身がそれまでに何らかの虐待を受けて育ってきている例が多いと思いますので、そのような事が起きない環境の整備が必要ということでもあります。) 次に、障害の定義が医学、福祉、教育で異なっており、教育現場では障害を直そうと努力してしまうが、それに伴う不具合が多々発生してしまうので症状の理解のために病理的な情報を教育者に伝える必要があるとのことです。(我々の息子の場合は、耳から入る情報の選択性が低く、例えば窓の外から自動車の騒音がして、先生の声よりも騒音の音量が大きい場合に先生の話をうまく聞き取れないので、黒板に書くなどの視覚情報を付け加えてもらうようにお願いするようなことだと思われます。) 軽度発達障害は、日本独自の概念で再来年から始まる特別支援教育の対象を定めるために命名されたそうです。ただし、症状から子供の病気を理解しようとしており病理機制が言及されていないので不十分だそうです。(原因が異なるのに一見同じ行動に見えてしまい一義的な対応をしてしまう可能性があるということだと思われます。) 多動に関しての例が出ていましたが、ADHDの方の場合は感覚統合機能の不具合で、静止状態では自分の体の状態がわからなくなってしまうので、動きを発生させて位置情報を脳に伝達させています。これに対し、知的障害がより強い方の場合は状況が理解できないので自分勝手な行動をすることにより多動となってしまいます。動きだけ見ていれば同じですが、原因は異なっているので対応も異なります。ADHDの方が動いたら、「それじゃあ座ってもらえるかな。」と行動を規制するのではなく、終息させるよう促すということです。それに対して、知的障害がより強い方の場合は「今はじっとしていてね。」と繰り返し伝えるということです。 それから病理的な解釈によりますと、異常が発生している場合に症状が現れますが、その観点から軽度発達障害を観察すると、普段は正常活動を行っているのですが、異常時に特定パターンが発生し、固執などはよく起きる異常行動とのことです。(つまり、固執は症状なのでそれを引き起こした原因があるからその原因を除去しないと症状は治まらないということです。)症状を抑えようとするのではなく、原因の除去が肝要かと思われます。 発達障害の国際診断基準としてWHO(世界保健機構)のICD-10(International statistical Classification of Diseases and related health problems, latest version)とアメリカ精神医学会作成のDSM- 「(Diagnostic and Statistical Manual of Mental Disorders Forth Edition)をあげておられました。前者は疾病全般の分類を行っているもので、後者は精神疾患のみに関する診断基準だそうです。 教育現場に於けるADHDへの対応は、本人の長所を探して素直にほめる。いけないことは一言で注意して余計なお説教をしない。本人の話を最後まで聞く。興奮したら冷静になるのを待つ。学習面、学業面の指導を優先する。(つまり生活態度にはある程度眼をつぶらざるを得ないということだと思います。) 学習障害はまた他の障害で、知能は普通だが特定のものの習得が困難で他もそれに引きずられて成績不振に陥るものだそうです。視覚、聴覚上の障害から来るものでやはり時間をかけて習得させることが肝要だそうです。 今回の講演はかなり充実していましたが、内容が盛りだくさんで発達障害関係の文献を読み返してみないと理解が難しいと感じました。まとめようとしたのですが、きちんと説明するととても長くなるのでここでいったん終了します。 講演の後の質問で担任の先生の理解が得られないという質問がありましたが、共助連のカウンセリングでも教えていただいていることですが、親は専門家の提言を伝えるメッセンジャーになって直接的に教育機関とは対峙しないことが肝要と思われます。 学校で起きているトラブルをカウンセラーに伝えて教育現場での対応を文書にしてもらって、それを担任の先生に渡す、あるいはカウンセラーを派遣してもらうなどです。我々の場合は、それでも担任の先生の理解が得られなかったので、その管理者である校長と面談しました。それでも不十分だったので、教育委員会に出かけて相談しました。そのときの資料は、カウンセラーの資料や、学校内でおきていることをまとめたものなどでした。それによって、通級に通うことが出来るようにはなりましたが、担任の先生を換えてもらうまでにはいたりませんでした。学年末に校長と再び面談を行うことによって対応能力のある先生が担任になりました。そこで、毎学年末には校長に手紙か面談をして配慮をお願いして、学年の初め担任が換わったときには、新学期早々に担任と面談することを心がけています。学校の人事は校長が行いますので、お忙しくても忘れられないようなアピールが必要と思います。それから、心の中は煮えくり返っていても、子供の立場を考えてあくまで友好的に話を進めることが大切と思っています。発達支援教育システムが完備していない現状では学校側のさじ加減に頼るところが大きいからです。 (保田宏一・記) |
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◆2005年5月例会 |
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| 日時:2005年5月22日(日)PM2:30〜4:30 会場:杉並区高井戸地域区民センター |
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テーマ:「アートセラピーを体験してみよう」 |
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| 講師:中野とも子さん | |
| <内容> | |
| 近年アートセラピーによる効果が話題になり、軽度発達障害を持つ子どもたちにも対応されているそうです。中野さんは現在老人ホームで、高齢者対象の実践もされ痴呆が改善されたり、リハビリが楽しく出来たという報告がありますが、共助連では子育てにストレスを抱えている保護者のためのプログラムを提供して頂きました。 | |
| <2005年5月月例会に出席して>-1-DSの感想 | |
洗濯してもとれないくらい、思いっきりクレヨンでストレスを表せた。 ・ いつもの月例会は聞いているのが主だけれど、実際に自分で体験ができて楽しかった。 ・ 心地のよい音楽、クレヨンの匂いや肌触り、それぞれが自由に表現した作品、仲間とのシェアリング・・・自分自身が癒されるような体験ができ、うれしかった。 ・ いろいろな理論を知ることも大切だけど、それ以上にそれを「体感してみる」ということも大切だと思った。 |
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| <2005年5月月例会に出席して>-2 | |
まず、いやなときの気持ち、ストレスを感じるときの気持ちををクレヨンを使って(何十年ぶりになるでしょうか。)画用紙に表現してください、と言われ、何を描いたらいいのか戸惑っていると、形ではなく、もやもやした気持ちをそのまま表現すればいいとアドバイスを頂き、何となくモヤモヤ描き始めると、いつの間にか、画用紙いっぱいに暗い色が広がっていました。少しは、気が晴れたような、感じでした。 次に音楽をかけながら、その曲から受けるイメージを、テーブルいっぱいに広げられた模造紙に表現するということで、描いていると、いつの間にか、皆さん人の領域など関係なく大胆に塗りたくっていました。私も、久しぶりに大きな空間に思い切り描いたことで、すべてとは行きませんが、多少なりとも発散できたように思います。 制約がなく、好きなように表現できるというのは、楽しいことなんだと、改めて認識したしだいです。そのことが、癒されることになるのだと、改めて実感しました。(K・T) |
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