発達共助連では、毎年12月「忘年会」を行います。寒い冬、家庭から離れ、子供たちが気兼ねなく、大勢の他の大人や子供たちと、各家庭の手作りの料理、ゲーム、カラオケで過ごせるひとときです。毎年、ビンゴ大会や仮装大会も開かれ、1年の終わりを楽しみます。

また、毎月の月例会の後、必ず開かれるのが、懇親会です。連員同士が心許して話し合える絶好の機会で、活動の新しいアイデアも生まれます。またカウンセラーたちも1人の飲んべーとなって、話の輪に加わります。懇親会を共助連では、大切なものと位置づけています。

★忘 年 会★

 

●2005年忘年会●

●2004年忘年会●

●2003年忘年会●

●2002年忘年会●

●2001年忘年会●

●2000年忘年会●

●1999年忘年会●

●1998年忘年会●

★月例懇談会★

◆2005年忘年会◆

会場風景
2005年忘年会は、12月25日(日)クリスマス当日、前年と場所も同じく杉並区高井戸会議室(井の頭線高井戸駅徒歩7分)を会場に、盛大に開催されました。
当日は同じ場所で臨時総会も開催したため、会場作り・料理作りはてんわやんわ。それでも5時過ぎには開会の運びとなった。一昨年、昨年とボランティア参加して頂いた阿波踊りの「東京えびす連」は、今年は20名を超える本格的な体制で参加して頂けました。昨年大好評だった寿司の屋台も登場して頂き、感謝感謝でした。
子どもたちの寸劇や仮装を楽しんだ後は、阿波踊りの登場、本格的に踊ってくださった後は、参加者全員で「踊らにゃ、そんそん」とばかりに阿波踊りを楽しみました。そして、恒例のビンゴ大会では、皆の一喜一憂がとても印象的でした。
2005年の発達共助連行事を皆心ゆくまで楽しみ家路につきました。
<2005年忘年会に参加して>感想・1(DS連員)
朗読劇
仮装コンクール
子供たちの思い思いの出し物がすごくステキでしたね。仮装した子供たちも可愛くて可愛くて、思わず抱きしめたくなってしまいました。もちろんDSさんたちもなかなか似合ってましたよ。
かくいう自分が飛び入りで参加したコーラス、曲を初めて全部聞いたのは直前でしたがご愛嬌ですよね?でもみんなで歌えて楽しかったです。衣装は全部手作りです。私も一部を借りました。とっても可愛くて感動しました。どうもありがとう。
えびす連の方々が披露して下さった阿波踊りにも感謝感激でした。大人も子供も関係なく、みんなで輪になって踊って、微笑みあって、会場にいる人たちみんなの距離が少し縮まったように思えました。
阿波踊りって単純な動きに見えるのに実はものすごく体力を使うんですよね。腕が痺れそうでした。子供たちにとっては、日本は楽しみながら日本の伝統芸能に触れるいい経験に、大人にとってもそれと同時にいいリフレッシュになったのではないかと思います。
そして最後のビンゴ大会。自らマイクを握って仕切る子供たちの姿が微笑ましく、嬉しかったです。びっくりするような豪華商品満載でしたね、用意してくださった方々に感謝です。
みなさんで協力して作り上げた忘年会は、とても暖かく、いいものになったのではないでしょうか。子供たちも生き生きとはしゃいでいてすごくいい光景でした。とってもおいしい料理を作ってくださった方々、お菓子を作ってきてくれた子達にも本当に感謝です。
まだまだ新参者の私ですが、これから共助連のみなさんで作り上げるイベントにもっともっと貢献していけたらな、と思います。どうぞよろしくお願いします。
(DS連員・松原有希)
<2005年忘年会に参加して>感想・2
発達共助連の子どもも本格的衣装で登場
東京えびす連の皆さん
踊らにゃ、そんそん・1
踊らにゃ、そんそん・2
忘年会の後の息子はむきたてのゆで卵のようにつやつやほくほくあったかでした。共助連マジックです。
もともと人と集う事が好きだった私達。昔は年末などは毎日のように予定が入り忙しくしていたものです。息子(3年生)が生まれてからも、人並みにさまざまな場に家族で出かけていく機会がありました。でも必ず起きてしまう人とのトラブル。それを予見する事も、適切に対応する事も、他の方に息子の状態を冷静に説明する事もできませんでした。ただもう申し訳なくて、悲しくて…。それが積み重なり、いつしか私達は人の集まるところにはほとんど行かなくなっていました。ですから今回私は自分達が忘年会で「安心して」いられれば、それだけで充分だと思っていました。
思い返せば去年の6月、息子を連れてはじめてデイキャンプに参加しました。お決まりのトラブルの連続…。やっぱり辛かったです。「親として必死でやってきました。でも見当違いだったのでしょう。何とでも言ってください。」私もこんなお決まりの心境でいました。
でも、今までの場所とはどこか違いました。周りの人から遠巻きにされているような孤独を感じなかったのです。さまざまな暖かい心遣いを頂いた事に感謝感謝でした。
夏には、思いきってサマーキャンプに参加しました。到着するなり息子はまたまた興奮!私達両親は身の置き場がない思いでした。ところが、そこでも皆さんはとても自然に私達をそこに存在させてくださいました。「ここにいてもいいのかしら…」と戸惑いながらも感じました。受け入れられているという安心感の効果は、すぐにはっきりと息子に表れました。帰りの車の中で急にしんみりと「僕、人に喜んでもらう事がしたいの。でも、なかなか難しいんだよ、、、。」と目に涙をためて話しはじめたのです。今までこんなに静かにまっすぐに自分を語った事などありませんでした。この時から「共助連を私達の大事な大事な『居場所』にさせて頂きたい。」と思いはじめました。
その一方で私は「そのうち拒否されるに決まっている…」と身構える癖がなかなかとれず、本当に飛び込んでいいのか、自分の中で葛藤がありました。でも、共助連にひかれる思いの方が勝っていました。何人かの方に不安な思いを聞いて頂いたりして、勇気をたくさんたくさん頂いて、やっと「恐れずにここでやっていこう!諦めないぞ!」という覚悟ができました。
その後は「共助連がある。」という安心感を持てただけで、不思議と頑張るパワーが沸いてきました。7月に転校した息子は新しい環境でとても混乱し不安になっていました。ですから2学期は学校側と連絡を密にとり指導の方針を探ったり、クラスの親御さんへ詳しい説明をして理解を求める必要がありました。逃げ出したいような場面もありました。でも、なんとかめげずに、むしろ「今こそ親の出番!」とやり甲斐すら感じて過ごす事ができました。
息子も徐々に安定した気持ちで毎日を過ごせるようになってきました。癇癪が随分減り、くだらな〜い親子の会話はうんと増えました。安心して学校へ行くようになり、学校での出来事を夢中で話してくれる事もでてきました。とても嬉しい変化です。(話の内容によってはひっくり返る事も多々ありますが、、、。そりゃもう…)
学校外でも、DSさんとの活動が軌道にのりはじめました。息子がDSさんにまとわりついたり、感情をぶつけても仲直りする様子を見る度、信頼関係が築かれつつある事を感じ、とても嬉しく思っています。DSさんの存在はとてもとても大きいです。息子の学校外での生活を広げてくださっただけでなく、私達両親にも息子の成長を楽しむ気持ちを運んできてくださいました。
いろいろな事が、今までとは反対側に、ゆっくりと動き始めました。
そして、迎えた忘年会。私は安心してそこにいました。安心してお喋りを楽しみ、美味しいお料理を食べ、時々やってくる息子を迎えていました。息子もとても楽しんでいました。彼にとっては大勢の人が集まる最も苦手な場面なのですが、以前と比べると随分落ち着いているように見えました。
(もちろん課題を挙げれば山程ありますが、それはまあ、少しずつ、少しずつ…)
私にもやっと周りを見渡せる余裕が少しできました。DSさん達がどの子にも目を配り、一緒に楽しんでくださっている事には感激しました。奥の深い、迫力のある阿波踊りには感動しました。女の子達の歌も、可愛い衣装もとってもよかったです。仮装はそれぞれに凝っていたし、お料理は相変わらず美味しくて、ビンゴ大会では景品の山!!私はこの日「安心して参加する事」に意義を求めていたけれど、忘年会を盛り上げるために尽力した方が大勢いらしたんだと、あらためて頭が下がりました。全ての方に心から感謝したいと思います。本当に有り難うございました。今後は私も少しでも何かできるよう努力します。これからもどうぞよろしくお願いいたします。
(M.S記)
<2005年忘年会に参加して>感想・3
ビンゴ大会、子ども以上に大人が一喜一憂
ビンゴ大会は、子どもたちが主役
今年は新たに始まった学習支援への参加をきっかけに共助連とのつながりも深まり、今まで以上に共助連は私にとって大切になった年でした。
前回の忘年会は、当日体調を崩して、急遽私は欠席しました。
だから、今年の忘年会はとても楽しみにしていました。ただ、臨時総会の大役を安易に引き受けてしまった私…。主人に「大丈夫か?務まるのか?」と脅かされ、ちょっとドキドキ…。でも、人前で話すのが苦手な私に体験の機会が与えられたと考えて、無事に終わったという事にしておきましょう。
さあ、いよいよ始まった忘年会!受付もどんどん忙しくなりました。
皆さんの作ってきてくれたお料理、えびす連の方のお寿司、子ども達の歌やお笑いの出し物、阿波踊り等、共助連ならではの楽しさを味わいました。
今年は長男のDSも参加してくれ、子どもは私の離れた所で楽しんでいる様子。とはいえ、受付に座る私にお料理を持ってきてくれる気配りも見せてくれ、嬉しい限りでした。
毎年恒例の行事の中でも、子どもは成長と共に少しずつ変化している事を感じさせてくれました。
(高橋 寿美・記)
<2005年忘年会に参加して>感想・4
東京えびす連の皆さんの寿司屋台
今年も、もう忘年会の季節になってしまった。
昨年の忘年会がついこの間のような気がするが、もう1年が過ぎてしまったのである。と思うのは、私だけなのだろうか・・・
さて、今回特に印象に残ったのは、久しぶりに見る子供たちが皆すごく大きくなっていた事、そして、皆以前よりとても成長していた事です。
親はいつまでも子供だと思っているけれど、子供というのはあっという間に大きくなってしまうのだ。そして身体の成長と同じスピードで心も思春期や大人になっているのだが、親はそれを把握しきれず、とまどってしまうことが多いのではないかと思う。
今まさに思春期にさしかかった我が娘に対して、どんどん過ぎていく時間の中で自分は何をしてあげられるのか、又何をしなくてはならないのか、今現在完璧に把握している自信はないが、今後の課題として、好きなものや興味のある事を伸ばしてあげる事、自分に自信を持たせてあげる事、一人で考えたり何かを創り出せる力をつけてあげる事etc等が大事な事ではないかと思っているが、敵も生身の人間、そう簡単にはいかないのである。
子供の成長を横目に、こちらはお尻に火がついた気分である。
今回 “子供たちの芸”コーナーは、素晴らしかったと思う。
特に朗読劇の脚本を書いたナツミちゃん、本の内容もさる事ながら、セリフも堂々としていて素晴らしかったですよ。新たな才能の一面を垣間見たような気がしました。 今後もぜひ自信を持っていただきたいです。
又、今年はDSの皆さんの活動が大変活発になってきたと思います。
子供たちとの関わりや自主的な活動など、かなりパワーアップしているように思います。今後もぜひ継続してほしいと思います。
学校では友人関係のトラブルや、思うようにいかない不都合なことが多くある子供たちにとって、共助連は自分を自己表現できる、自分がありのままでいられる大切な場所、そして、友達やお兄さんお姉さんに会える楽しみな場所である。
やはり、共助連の存在はとても大事なのだと再認識した1日でした。
(鈴木 扶美代・記)

◆2004年忘年会◆

子どもたちはケーキ作り、親たちは盛りつけ準備
人気を呼んだ東京えびす連手作りの寿司コーナー
子供によるハーモニカの演奏
2004年発達共助連行事の掉尾を飾る忘年会は、12月25日(土)クリスマス当日、杉並区高井戸会議室(井の頭線高井戸駅徒歩7分)を会場に、盛大に開催されました。
午後5時からの開会の挨拶と乾杯で始まった忘年会、と書きたいところだが、発達共助連の忘年会は2時過ぎから実質的に始まっていた。お母さんたちの手作りの料理の準備、子どもたちは、DSたちと一緒にこれも手作りのケーキに挑戦…これが発達共助連の忘年会の始まりなのだ。皆で手作り、が合い言葉だからだ。もっとも、お菓子は食べるだけで遊びたいよという子どもたちは、隣接の公園や児童館で走り回っている。
今年の、忘年会がいつもと違っていたところが、一つあった。それは、あの阿波踊りの有名連「東京えびす連」の皆さんの協力である。有志の方々が、手作りの「寿司屋台」を準備してくれていて、子どもたちも興味津々。次々と食べたそうに見物にいくが、開会までのおあずけが悔しそうであったのが印象に残る。
会が始まや、皆我先に目指す料理のところに駆け寄り、おいしい料理に舌鼓をうちつつ歓談の輪が拡がっていく。またお得意の手品を披露してくれるお父さんも人気となっていた。
T・Iクンがハーモニカを披露してくれる。
そうこうしているウチに、阿波踊りのお囃子が聞こえ、「東京えびす連」が登場して来てくれた。本格的な鳴り物と女踊り3名、男踊り5名という本格的なものだ。夏のサマーキャンプに参加していただいたときには、皆さん私服での登場だったが、今回は正式の衣装での登場。初めてその衣装を見る子供も多く(親も!)皆、嬉しそうだ。女踊りの一人は、発達共助連が東京えびす連の協力を得られるようになったきっかけを作ってくれた連員の佐久間さんだ。彼女は、「ミイラ取り」が「ミイラ」になって、「東京えびす連」に正式参加してしまい、この夏の阿波踊りシーズンから本格的にデビューしてしまった。
いくつかの踊りを披露してくれた後は、参加者全員で阿波踊りを踊る。初めての人も経験者も輪になって踊る快感に酔いしれているようだ。その後、お囃子を子供や大人たちにも指導して頂き、サマーキャンプに参加できなかった子供や親たちも鉦や太鼓に触れて生き生きとしている。その素人お囃子でまた踊り出すといった案配。
発達共助連忘年会につきものの、仮装コンクールは、今年はやや参加者が少なかったものの、自分のアピールに懸命な子どもたちの姿が印象的だった。
そして、〆は恒例のビンゴ大会。いつも通り楽しそうであるが、数字が発表されるたびに、子供も大人も目の色が変わっていく。その雰囲気を皆が楽しいでいる。
といいった具合に、発達共助連の忘年会は夜遅くまで続いた。
仮装大会 ビンゴ大会
<2004年忘年会に参加して>
東京えびす連の本格的な阿波踊り
参加者全員で踊る阿呆になった
2004年の忘年会は、東京えびす連の会長.教育者でもある松田先生始め前連長のノリさん、鳴り物さん、男踊り、女踊りそしてちびっこのカズマ君の合計15名の方が参加下さいました。
誠に有難うございました。そしてお疲れ様でした。
かくいう私も東京えびす連女踊りとして、踊る事ができた訳ですが、踊るだけで精一杯の一日でした。
宝田さんの手品、石垣君のハーモニカ聴けなかったこと。皆さんの手料理をゆっくり味わう余裕持てなかった事が、とても残念に思いましたが、DSと子供達によるビンゴ大会は楽しませて頂きました。
また、阿波踊りでは、東京えびす連さん指導のもと、お父さん・お母さん達の鳴りもの演奏でみんな輪となり踊れた事は、大変嬉しく思いました。
東京えびす連さんは、阿波おどりをとうして『青少年の健全な育成に尽力し、社会貢献活動を行う』という事が目的の一つにありますが、共助連サイド、えびす連サイドにとっても、阿波おどりができた事は良い事だったのではないかと、勝手に推測している私です。
また、発達共助連は共に助け合い、連なりあいながら発達成長、1人1人がみな主役と思っている私ですが、阿波おどりにかぎらず無理せず出来ることは必ずあると思うので、たくさんのアイデアを出し合いながら又ぶつかりあいながら、今年一年、それぞれが成長、発達、納得のゆく一年にできたらいいな〜なんて、年の始めに思います。宜しくお願いします。
〜追伸〜寿司コーナーを提供下さいましたえびす連シメ太鼓の恩賀さん、サポ〜トされたえびす連の皆さん、有難うございました。また、共助連の皆々様お疲れ様でした。
パパ・ママさんたちも鳴り物を教えて貰い、その伴奏で踊る 鳴り物をさわらせて貰っている子どもたち

◆2003年忘年会◆

2003年の忘年会は、杉並区下高永福多目的会議室を会場に開かれました。同会議室は、1階と2階の建物全部が貸しきりとなるため、子どもたちがどんなにはしゃいでも大丈夫。非常に寒い一日でしたが、子供たちは気兼ねなく、大勢の他の大人や子供たちと、各家庭の手作りの料理、ゲーム、カラオケ、ビンゴで過ごしました。また例年通り、忘年会は、仮装を奨励していますので、子どもも大人も皆それぞれ思い思いの仮装の下、非日常的な時間を楽しく過ごしました。
●実施日:12月20日(土) 参加者:約60名
●場所:杉並区下高永福多目的会議室

◆2002年忘年会◆

広々とした会場
仮装コンクール決勝に残った子どもたち
2002年の忘年会は、2002年12月21日午後4時半から、杉並区のセシオンを会場に、にぎやかに開催されました。参加者は、約80名。
これまでよりも会場がぐっと広くなり、昨年のへし合い押し合いの状況が一変し、心なしか空間が目立ちましたが、子どもたちは走り回れてかえって大喜び。恒例となった仮装も皆一段と熱がこもり、その変身ぶりに、お互いにビックリ。新しい企画のゲームやビンゴ大会では、子どもも大人も我を忘れて、夢中になっていました。
そこへ、高円寺阿波踊りの「えびす連」の皆様方8名が、ボランティアで「阿波踊り」を披露してくれましたので、盛り上がりも最高潮。本物の阿波踊りを初めて見た人も多く、それだけでも感激なのに、「皆さん一緒に踊りませんか」のえびす連リーダーの方のかけ声に、次から次へとお囃子にあわせて踊り出し、最後は全員輪になっての阿波踊り大会。広かった会場が、狭く思えたから不思議です。
こうして8時半に、1次会は終了。
この後2次会、3次会と続き、気がつけば明け方の3時半。
今回もわざわざ駆けつけていただいたホタル見たい会やサマーキャンプでお世話になっているR牧場の場長・通称連さんもさすがにお疲れの様子でした。
<忘年会の報告>
ビンゴ大会に熱中
切り紙あわせクイズ

始まりは、いつものように共助連タイムで、パラパラとした様子。部屋の広さがよりいっそう閑散とし、テーブルで賑わうお料理が寂しそうでした。
さらに夕方ということもあって、お腹を空かせた子供達は、こぞってご馳走へとパクつき、アッという間にテーブルの上は、空のお皿が並びました。今年は、ご飯が多くメインディッシュが少なかったようで、持ち寄りだけではバランスが悪かったかもしれません。それも共助連でいいのかなとも思います。
恒例ビンゴゲームで盛り上がり、仮装大会へと。次第に色とりどりに着飾られ、少しずつ華やいでいきました。今年は、女装した望月家次男の直典君に軍配が上がりアルプスの少女ハイジ?のようでした。
そんな盛り上がりの中、見かけない軍団が、中央に広がり、なにやら踊り出しました。そうです高円寺阿波踊りの御一行様でした。広すぎると思っていた部屋が、いつの間にか一人二人と踊り出し、気がつけば、連員全員が、和になってリズムに乗って、笑顔いっぱいで、なんもかんも忘れて踊ろうじゃないか…。そや・そや・そや…。
今回担当された、畔上先生、長谷川さんそしてDSの皆さんご苦労様でした。畔上先生は、支援室でも大忙しの中準備に関わり、当日も司会をされていましたが、このような場では、主催者としてでなくもう少し子供達の動きを観たかったのではないかと思いました。(担当者の反省から参考に報告:渡部清美)

<忘年会感想>
同じアホなら踊らにゃ、そんそん
鉦をたたかせて貰うKくん
共助連、恒例の忘年会、皆さん楽しく過ごすことが出来ましたでしょうか?
多少たりとも準備の手伝いに関わると自分がどうだったかより、他のことばかりが気になってしまい、楽しめたかと言われれば、「今年こそはビンゴでデジカメGET!と思っていたのに残念!」とか、「私にとっての初体験の阿波踊りは、夏ではなく冬でした」なんて得したようで、それなりにいつもとは違う騒ぎに身を置き、流れていました。
子供の頃、この様なイベントに参加することなど無かったものですから、大人の中に混じってドンチャン騒ぎをすることは、きっと子供にとっては、いつまでも心に残る事なのでしょうね。
次男の晃平が、おじさんに交渉し、あの阿波踊りの鉦(かね)をカンカンとリズムよく叩いていた姿は、とても印象的でした。耳に聞こえてきた音が、まさか晃平が叩いているなんて思っても見なかったので、私は一瞬立ちすくみ、見とれてしまいました。そのことは、晃平の中にも深く残っているでしょう。
共助連のおかげで、子供達は、家族だけでは得られない経験をたくさん与えてくれました。長い間共助連のお世話になってきて、子供とは、今なお格闘していますが、私達家族だけであったら、ここまで柔軟に乗り越えられなかったと思います。あの広い会場に、みんなで阿波踊りが出来たこと、私にはこんなにたくさんの仲間がいて、ここで踊っているということに感謝したい気持ちで、これからの自分に立ち向かえる力を感じました。
晃平の母渡部清美:記
ボランティア参加いただいたえびす連の皆さま
大人たちももう夢中

◆2001年忘年会◆

2001年の忘年会は、12月22日(土)、夕方5時から、東京・阿佐谷のカラオケスタジオ「青蘭」にて、盛大に開催されました。
出席者は、何と約95名。千葉からホタル見たい会やサマーキャンプでお世話になっているR牧場の場長・通称連さんも駆けつけてくれました。
テーブルは例年通り、各家庭からの手作り一品持ちよりで、賑わいました。
今回は仮装忘年会と銘打たれ、DSのお兄さん、お姉さん方が大活躍でした。全体進行役は、大蔵病院成育心理外来カウンセラーの畔上理佐さん。シマチョゴリの衣装に身を固め、手際よく会場を盛り上げていました。同じく、大蔵病院成育心理外来カウンセラーの奥村朋江さんは、何とセーラー服姿で登場。至る所で記念写真の輪が出来ました。ハリーポッターに身を変えた子供もいました。この仮装コンテストの投票による優勝者は、女装姿が見事だったDSの山田文雄くんでした。
この他、寸劇やキャンドルサービス、全員での合唱などこれまでにない趣向が凝らされ、最後はやはりビンゴ大会で盛り上がりました。

<2001年忘年会報告と感想>
先日の忘年会は、大勢の参加で盛大に終わりました。
一番の引き立て役は、仮装やクイズを企画、準備をしてくださった学生さんたちではなかったでしょうか。やはり学生の特権であるパワーを吸収できたと思います。私などは、もう忘れかけていたあのころを〈?〉思い出しました。そして、演奏を提案してくださった佐久間さんは、コピエの忘年会の後に駆けつけたのですが、渋滞で遅刻してしまい、ギターの準備もしていたのに入れなかったり、必死に仮装してきたのに投票に間に合わなく名前ものぼらなかったとか!いろいろと伺うと表だってないところでガンバって下さった経緯があるようです。そして会場と景品などを準備してくださった畔上先生、長谷川さんご苦労様でした。
このように共助連は、連員一人一人が、どこかで共助する群であります。皆さんの心が、動かす群です。初めての方でもどうぞ手を挙げて見てください。
(渡部清美・記)

<2001年忘年会参加感想>
忘年会では、仮装をしている皆さんの工夫に関心しました。
一人一人でこの場を作っていることにも関心しました。
持ち寄りの料理のおいしさと豪華さに驚きました。
4人の子供を連れて緊張していたが、共助連の独特な雰囲気の中、誰が誰だか(DSさんか親かDr.か)もわからず子供にも私にも自然に声をかけてもらい、この気取ないザックバランな雰囲気に戸惑いながらも、子供達の生き生きしている顔を見て嬉しく思いました。
人が多すぎたのか?もう少し座れるスペースがあればと感じました
(出口智子・記)

2001年忘年会会場風景
司会のチマチョゴリ姿の畔上先生とセーラー服姿の奥村先生
キャンドルサービス
仮装のDSのお兄さんも活躍
DSのお姉さんを囲んで
仮装コンテスト優勝DSさんの見事な女装姿

◆2000年忘年会◆

2000年の忘年会は、休日の12月23日(土)、6時半から、東京・阿佐谷のカラオケスタジオ「青蘭」にて、盛大に開催されました。
出席者は約70名。
例年通り、各家庭からの手作り一品持ちよりで、テーブルは賑わいました。連員Sさんとその友人による演奏トリオが、会場の雰囲気を盛り立ててくれました。仮装カラオケや子供たちによる朗読劇、フラダンスなどの余興も昨年同様、賑わせてくれました。
ビンゴ大会では、幹事さんが懸命に集めた賞品の山を巡って、熱いバトルが繰り広げられました。多くの参加者が心ゆくまで楽しんだ忘年会でした。

◆1999年忘年会◆

1999年の忘年会は、休前日の12月22日、東京・阿佐ヶ谷のカラオケ屋さん、シルクロードにて、賑やかにも盛大に開催されました。食べ物はすべてお母さん(中にはお父さん?)の手作り料理の一品持ち寄り、お酒類も皆差し入れという共助連らしい忘年会でした。「いつもと違う自分」と銘打って、日頃はしない服装や化粧をして、皆を楽しませてくれる人もおられました。

「年末の慌しさにも関わらず、当日は72名の会員が参加しました。手料理の数々も暖かく、子供達の朗読劇やギター・ハーモニカ演奏、フラダンスと余興も盛だくさんでした。ドキドキ、ハラハラ。出演者の皆様ありがとうございました。」(幹事/小泉・記}

子供たちが一番楽しみにしているのは、ビンゴ大会。当日のビンゴ大会では、1等賞品が何と共助連としては初めての大奮発のコンパクトカメラ。皆さん、1等賞獲得の方に羨ましげな目をしていました。
この後は、多くの方が2次会のカラオケに進出、翌日が休日であることをいいことに、夜更け(朝更け?)まで、歌を唄い、酒を飲みつつ、歓談し、忘年会を堪能されました。

写真は、いずれもクリックすると大画面でお楽しみ戴けます。
子供たちによる朗読劇
皆さんよく食べます 仮装者が全員集合。このあと、出席者全員による優秀者の審査が行われました。 ギターとハーモニカの合奏(詳しくは別ページの「私にとっての共助連」をご参照下さい。
皆、わくわくどきどきのビンゴ退化異風景 フラダンスも飛び出しました パフィの物まねを演じる

◆1998年忘年会◆

日時:12月25日(金)PM6:30〜9:30  場所:シルクロード(阿佐ヶ谷)
参加者:64名

12月25日に行われた忘年会は、子どもたちの参加も多く、楽しい集まりでした。食べ物を用意する人、会場の準備をする人、受付をする人、司会や進行係をする人、会を盛り上げるパーフォーマンスをする人、後片付けをする人など、いろんな人達の働きによって会は進んでいきました。その様子を見ていて、これぞ<共助>だなとつくづく感じました。
(アドバイザー連員/平木こゆみ・記)

月例の勉強会が終了した後、また総会が終わった後、この懇親会を開くのが恒例となっています。懇親会とは、言ってみれば、普通の飲み会です。月例の勉強会が、阿佐ヶ谷で開かれるときは、「鬼無里」といういっぱい飲み屋が会場です。
しかし、普通の飲み会と違う点もあります。
何よりもこの飲み会を楽しみに思ってくれる人たちが居ること、親たち同士は同じ悩みを持つ同士として何でも気軽に話し、相談できます。普段は、偉そうに見えるカウンセラーや医師もここではただの「飲んべー」。病院とは違った形で気楽に話が出来ます。
そこに、突然学生たちが割り込んできます。「何辛気くさい話してるのよ。飲もうよ」といって、なみなみと日本酒を注ぎます。まだ、未成年の子供たちもこの時ばかりは、親、カウンセラー、医師たちの公認で騒ぎます。時には、そのまま、カラオケになだれ込むこともあります。

と、いった光景を繰り広げつつ、発達共助連の夜は果てしなく更けていきます。

発達共助連は、この「飲み会」いや「懇親会」を最も重要な活動として位置づけています。
人が同じ人として、心で接することが何よりも重要と考えているからです。