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| スキーキャンプは、1993年以降は、原則毎年1月そしてしばしば第2回を3月に、上越線沿線の土樽スキー場で開催しています。新幹線や関越道のなかった時代、川端康成が「トンネルを抜けるとそこは雪国であった」と書いた、まさに清水トンネルを抜けた場所が土樽で、谷川岳の登山基地の一つです。上越線沿線では2番目に古いスキー場ですが、リフトが1本だけの極めて家族的なゲレンデです。定宿にしているのが、ゲレンデの中にある土樽山荘です。共助連のスキーキャンプのテーマは、「雪と遊び、雪と語ろう」です。 | ![]() |
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| ☆2005年スノーキャンプ報告 | ||||||||
昨年末から1月にかけての豪雪、山荘へ通じる県道の雪崩被害による通行止めにより、今年の土樽は大変な状況で、聞けば、土樽山荘の1月は陸の孤島状態になり2月10日から営業再開したばかりとか。山荘に着くまでの道路もまるで雪の回廊のようで、今年で冬の土樽は4回目の私も、その景観の違いに驚くばかりでした。しかし、山荘のご一家、スタッフの皆さんは、お元気そうで、暖かい笑顔で迎えて下さいました。 土樽スキー場は、今年から閉鎖され、既にリフトも撤去され、かつて、スキーを履いたこともない子供達が、めざましい上達を果たした土樽のゲレンデはただの雪原と化していました。 しかし、山荘のご主人が山荘横の斜面を圧雪してくれて、特設のソリゲレンデが開設。 子供だけでなく、大人もソリの楽しさを再発見した様子です。なにしろ、スキー場の隅にあるような子供向けのソリの遊び場とはケタ違いの、最長250mくらいは滑走できそうな斜度も幅も十分なコースです。これには、私もハマってしまいました。大人達がソリで遊んでいる姿は、高速道路を走っているクルマからもよく見えたことでしょう。 子供達も、ソリで遊んだり、ふかふかの雪に体を埋めてみたり、崖のような雪の斜面をソリで転げ落ちたりと、それぞれ思い思いに雪を楽しんでいました。 そして、今回の逸品は、私を除くお父さん達3人が作り上げた見事な「かまくら風の雪洞」。作業は、昼食休憩を挟んで、雪の斜面を掘ること4時間余。 収容人数・大人8人、ドーム状の天井と、床を掘り下げて作った腰掛け、ローソク立て完備の、居住性抜群の「かまくら」です。 もちろん、夜の部では、ここに飲み物を持ち込んでみんなでワイワイ。気がつけば、なんと大人10人が入っていました。今年は、雪が固く締まっていたようで、掘るのは大変だったと思います。私は、腰痛の再発間違いなし、だったので雪洞掘りのお手伝いはできませんでしたが、製作にあたられたお父さん方、どうもありがとうございましたノ 今年からスキーリフトがなくなり、身近でスキーができなくなったのは、残念ではありますが、みんな集まってソリや雪合戦、というのも楽しく、新しい発見でした。「スキーはやったことないし…」と、いままで参加をためらっていた方がいたら、ただの雪遊びをしに行く、というノリで「スノーキャンプ」に参加してみてはいかがでしょう? 子供にとっては、あり余る雪で好きなだけできる雪遊び、大人なら童心に返ってのソリ遊びも良いですし、時間を気にしない夜の懇親会も土樽ならではの魅力です。 スキー場の閉鎖や、豪雪などで、一度は延期、さらに開催も心配されたスノーキャンプでしたが、無事に、また来年に向けて別の楽しさ見つけて終えることができました。山荘の皆さんには大変な時期に、いろいろお世話になりありがとうございました。(J.I) |
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| ☆2005年スノーキャンプ参加感想(DS) | ||
そんな心配も行ってしまうとなくなりました。 デイキャンプでもそうでしたが、子どもたちはすぐうち解けて遊びに誘ってくれたり、いろいろな話をしてくれました。 みんな元気元気、元気のかたまりのようでいくら遊んでも足りないようでしたよね!!時間もあっという間で、自然と笑顔になれる楽しい2日間を過ごすことができました。 お父さんお母さん方、共助連の方に親切にしてもらい、勝手のよく分からない私としてはとても心強く感じました。ありがとうございました。 まだ様々な面で戸惑うことも多くあると思いますが、活動をとおして学んでいきたいと思います。このスノーキャンプはその第一歩となったよい体験だったと感じました。 これからどんどんイベントに参加して、お役立ちできるようになれたらなぁ…と思っています。 これから、よろしくお願いします。 (DS連員 榎本静・記) |
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| ☆2005年スノーキャンプ参加感想 | ||||
前日までの心配がうそのような快晴に、子供達も大喜びで到着するなりウエアに着替え、真っ白な雪の中へ走ってゆきました。 山荘前の長い斜面は、子供達のいい貸切ゲレンデで、思いきりソリを楽しんだり雪合戦や雪に腰まではまって、大声で笑いころげていました。 子供だけでなく私も久しぶりにソリをやってみたら、これが思いがけず楽しい!!スピードにのって最後にころがり落ちてしまった時も、そのまま雪の上で大の字になってみたら、雪のにおいのするいい風と雪の感触が本当に気持ち良かったのでした。 夜も食事の後、子供達はおにごっこや花いちもんめ。娘はおしゃべりも楽しかったようで、布団に入ってからもしばらくは興奮で、寝つけなかった程です。 ロウソクのあかりの中『かまくら』の中でいただいたお酒は、格別おいしく感じられました。『かまくら』を作って下さったお父さん方、本当にお疲れ様でした。そして、ありがとうございました。 去年まであったリフトが無くなった事はとても残念な事でしたが、娘も私も純粋に雪を楽しむ事ができました。またそれと共に、こういった場が親子ともに大切だと感じます。帰りの電車の中満足そうにうたた寝をしている娘の横顔を見ながら、気持ちを新たにする事ができるそんなスキーキャンプでした。 (五十嵐・記) |
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| 夜、親たちの宴会を尻目にDSと一緒に遊びまくる子どもたち・1 | 夜、親たちの宴会を尻目にDSと一緒に遊びまくる子どもたち・2 |
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| 夜のかまくらで宴会を楽しむ大人たち・1 | 夜のかまくらで宴会を楽しむ大人たち・2 |
12月までの暖冬はどこへやら、発達共助連が土樽でスキーキャンプを始めて10年以上になりますが、これまでで一番という積雪。このキャンプの初日、2日目とも豪雪に見舞われました。自動車できた人たちは、土樽山荘到着までのアクセスに苦労していました。 その豪雪に喜んでいたのはもちろん子どもたち。スキーだけではなく、雪合戦、恒例の雪洞堀やそり遊びにいつもとは違う、雪の深い感覚を楽しんで遊びまくっていました。 3日目は、晴れ渡り、絶好のコンディション。早く帰る予定を変更して、昼過ぎまで滑る方々もいました。 |
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| ☆04年度第2回スキーキャンプに参加して | ||||||
今回は次男の和也が「僕もお父さんの特訓を受けてスキーを滑れるようになりたい」と宣言し、久しぶりに家族4人での参加となりました。 実際和也はすぐに滑れるようになり、それに触発されて(?)全くスキーは駄目だった私も主人に教えてもらい、リフトにもトライしたのは良いものの、すぐに転んでしまい、なかなか下まで到着しません。そんな私に主人は付き合ってくれていたのですが、先に滑り降りた和也は次のリフトに乗るのをずっと待っていたようです。それを見て渡部ママが「一緒にリフトに乗ろうか?」と声かけして下さると、和也は「お父さんかお母さんに相談しないと…」と最初は躊躇していたけれど「僕、一人で乗ってみる!」とリフトにトライ!「お父さん、お母さん!僕、一人で乗ってるよー!」と何回も転んで雪まみれになっている私に和也の大きな声が聞こえました。 和也は下で待っていると思っていた私達夫婦はびっくりしました。リフトに乗るのは何とか出来ても、一人で降りるのはまだ足がつかないから無理だろうと思ったからです。でも心配してもここからだと何とも出来ないし・・・と考えている矢先、後ろのリフトに渡部ママが乗り見守って下さっている事に気づきました。土樽のリフトの方なら降りれなさそうな場合、速度を落として手伝ってくださる。果たして、私達の心配をよそに、和也の初一人リフトは皆さんの気遣いのお陰で無事終わりました。和也は「スキーもリフトに乗るのも僕は全部一人で出来るんだ」と自信が付いたらしく、最終日には当然のように一人で滑っていました。さて、和也と対照的に一人でリフトに乗る自信が何時までもつかない私。川戸さんの奥様がずっと気に掛けてくださり、私のペースに合わせてリフトに一緒に乗ってくださいました。今回は本当に回りの方に共助されて過ごしたキャンプだったと感謝しています。 いつも見守るサイドにいるつもりの私ですが、方向を変えるとやっぱり私も誰かに見守ってもらっていると気づいたキャンプになりました。 自分のペースで滑りたい拓也も、「お母さん,一人で乗れないからリフトに乗って」「一人で下まで滑れないから一緒のコースを滑って」という私の申し出に渋々ながら付き合ってくれました。これも彼にとっては大進歩!家族4人がちょっとづつ成長して東京に帰る事が出来て、とても嬉しいキャンプでした。 (高橋 寿美) |
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| 夜、土樽山荘の体育館で遊び回る子どもたち | 大人は、これが楽しみの飲み会 |
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| ☆04年度第1回スキーキャンプに参加して | ||
| 1月のスキーキャンプは参加者30名ほどでした。12月の暖かさは、何処へやら、3日間のうち2日間は大雪でした。土樽の短いリフトも降りる頃には、ひざの上に雪が積もり、滑るたび新雪で、コースを外すと体がすっぽり埋まってしまう、とても体力のいるスキーでした。そんな中、小学生の高橋君と大塚君は、それぞれお父さんと二人、黙々と滑っていました。その他の中高生達は、慣れた土樽、スキーやかまくら掘り、雪遊びと子供の世界だけを楽しんでいました。メインは夜。男部屋はカードゲームにTVゲーム。明け方まで遊んでいたそうです。何をするために来たのかと思うのですが、DSも様子を見守ってくれています。これも楽しみの一つなのでいいでしょう!このときばかりは、親達は何も言いませんが、日常に引きずらないにようそれぞれの家庭で、子供と話し合われていることと思っています。 今回のスキーで、気配りの下手な私の反省。ここ数年スキーの上達が著しい小6の拓也君。近頃は一人で滑ることが出来、人に頼らず頑張っていました。 お父さんは拓也君を見守りつつ、時には見て見ぬ振りして滑ってました。 お父さんの後ろに滑っていた拓也君が、コースを外し、雪の中に埋もれていました。リフトから見ていると、拓也君は自分で板をはずし、脇にかかえて、平らなところを探し、何度も板をはめようとしていました。近づいて「何か手伝おうか?」と聞くと「自分でやれるからいい」と助けを拒みました。 その言葉は力強く、私は見守ることにしました。それでも靴を履こうとすると、傾斜があり滑ってしまい履くことが出来ません。すると「僕、一からやり直す」と言って、6〜7Mくらい上のスタートの所まで歩いていきました。 板を持って上がるには、傾斜もあるのでちょっと厳しいかなとも思いましたが、「自分でやるの!」の言葉に手を貸さないでいました。するとそこに、とても気さくな、おばさんが、声をかけ、手をさしのべようとしていました。 私はすかさず「大丈夫です。今、自分で頑張ろうとしているのですみません。有り難うございます」と拓也君の気持ちを代弁していたのです。 後になって、それは私の気持ちであって、拓也君の気持ちではなかったかもしれないと…。そして私がその時するべきことは、拓也君が自分で何を言うのか見守ればよかったのだと気づきました。 そのあと山頂でその方にお会いしたときに、先程のお礼と共助連のことを話しました。その方にしてみれば、小さい子が板を持って上がるには、大変だから手伝おうという優しさでした。ところが私の一言で、ガッカリされたと思います。子供からそう言われるのとでは、その方の受け止め方も違いますよね。その方にそれまでのことを説明しましたが、どれ程伝わっているか?私は、拓也君とその方にも大変失礼なことをしてしまった!と反省しました。 私のいつもの失敗。「余計な一言」がでてしまいました。そんなとき子供達のためだけでなく、親たちのためにもセラピーの先生方や、DSには、是非参加して欲しいと深く感じました。 共助連は自分の子供だけを見るのではなく、家族との関わりの中からみんなが育ち合ういい場所です。キャンプの中から学べるところがいっぱいです。 どうぞ皆さん、勉強会や個別相談だけに留まらず、実践の場で育ち合いましょう。 子供の問題は、親にもある。私自身はそのことを意識づけていないとこういう失敗をしてしまうので、今回も自分を見つめ直す良い機会だと思いました。 (渡部清美) |
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| 2003年度も2度目のスキーキャンプを3月に実施しました。 今年は、気温が高く、雪の状態は良くありませんでした。加えて、吹雪にも見舞われましたが、子どもたちはそんな大人がいやがる条件にもめげず、元気に滑りかつ遊んでいました。 ☆実施日:2004年3月13日(土)〜14日(日) ☆参加者:34名 |
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| ☆03年度第2回スキーキャンプに参加して | ||
共助連スキーは昨シーズンから参加を始めました。昨年度は玲と相性の良くない担任の先生のクラスにいた時期です。スキーが終わって帰ろうというときに、「僕ってスキーが滑れてすごいよね。」という発言が飛び出しました。 私は、「とってもすごいと思うよ。」と答えました。このような自信に満ちた発言をあまり聞いたことがなかったものですから、とても驚いたことを覚えています。 スキーに関して、昔から私自身スキースクールで教えてもらうことが合理的と考えて受講しておりましたので、玲にも入ってもらいました。結果的に親子が離れ離れになって彼自身が強いストレスにさらされたにも関わらず、それに耐えてスキーを滑れるようになったことが自信につながったのではないかと想像しています。 私はこのことについても、共助連の活動はとても効果があると思っております。 それは親が子供を見守れるほどそばにいなくても、彼らのことを知っていて見守っているほかの大人達が周りにいるわけです。子ども自身は一人で外界に対応しているつもりなのだけれども、実は周りから守られている安全な環境が提供されている、ということが挙げられます。 さて、今シーズンはもうスキーを滑れることはわかっています。スキースクールの効果も確信しておりましたので、私は彼に選択肢を与えずにまた入ってもらいました。といいますのも、石原知事のエッセイを読んだのですが、彼が若いころに受けた運動トレーニング(種目は失念しました)はすごくつらかったのだけれども、それが大人になって非常に役立っている。若い頃に肉体的に強いストレスを受けることは脳幹を鍛えることになり、我慢強さを獲得できた、という内容でした。スポーツ競技の世界でも試合よりも練習のほうがつらいという話は良く聞きます。 これを玲に当てはめると、将来自立して社会生活を送ることが試合で、今現在親元で練習中です。スキーは厳しい自然環境の中で行うスポーツですので、練習効果が期待できます。1月も3月も吹雪でしたが、インストラクターの方は非常にプロ意識が高く、受講時間を目いっぱい教えてくださいました。 1月は、午前の部が終わったときには寒くて半泣きでした。しかしながら、昼食を摂った後では元気が回復して午後の部も参加できました。 3月13日はほとんどミゾレ状態の吹雪で全身びしょ濡れになりました。2時間コースで終了10分前にギブアップ。でも、他の大人の受講者は1時間で早々にギブアップしていたのです。 「やっぱり、君ってとってもすごいと思うよ。」 最後に、いつもいつもわれわれ親子を見守っていただいている連員の方々に感謝の意を表しまして報告を終わります。 (保田宏・記) |
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☆実施日:2004年1月10日(土)〜12日(祝) ☆参加者:44名 |
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| ☆03年度第1回スキーキャンプに参加して | ||||||
案の定、まずはスキーを担いで坂を登る所から『スキーを落とす・バランスを崩して倒れる』なかなか進まず『持って行って』とあきらめ気味。 スキー学校に入校しても先生の言う通りに動く事もままならず、結局キャンプ場の手前の平坦に近い所でやっと10m程を数回滑って終わってしまい、とてもゲレンデに出られる状態ではなく、『やっぱりスキーは無理かな?』と思いつつ、それでも3日目もリフト下で拓也と二人で練習。帰りの時間も迫る中、『リフトに乗りたい。』の一言に無理とは承知で二人リフトに乗り込み、晴れ渡った山々を眺めながら『駄目だろうなでももしかして』の諦めと期待の混じった思いで頂上に到着。 結果は『やっぱり』リフト下とは大違いの坂に、スキーを履いて立っていられず、スキーを外して山荘まで歩いて戻り、こうして初めてのスキーが終了しました。 きっと次のスキーが有っても行く事はないだろうと思っていましたが、3月のスキーに参加したいと活き活きと話す拓也を見て、スキーではなく何か別の魅力が有るのだろうと、今度は二人で参加。 拓也の目的の一つは、土樽までの各駅停車の電車に乗る事で、何度も何度も時刻表を見ては、乗り継ぎの時間を確かめ、最寄の東松原駅から土樽までの工程表を作成、いよいよ当日朝5時半一人で起きだし準備万端まだまだ眠い私を急ぎたて出発。 3月と言うのに土樽はまだまだ深い雪の中。到着早々、前回同様リフトの下での練習を始めると、以外にもグズグス言わず何度も何度もスキーを持って坂を登り、少し滑る事が出来れば楽しそうな笑顔を見せ、苦手な雪を落としてのスキー装着に私が怒り出しても諦めないで一生懸命かかとに力を入れてスキーを履き、また滑る。普段ならとっくに『もうやめる。スキーなんか嫌い。土樽なんかもう来ない。』となってしまう所ですが、今思えば本当に滑りたかったのでしょう。 翌日、リフトで登ると前回とは違い、転びながらも滑り出す。私自身もボーゲンがやっとで、教えられる事は『ハの字、ハの字』と連呼するだけ。 お昼頃には右に曲がる事が出来、もう少し頑張ればと予定していたお昼の電車を取りやめ、寒く、雪の激しくなってきた中、頑張った甲斐あり、どうにか左右に曲がれる様になったのに、時間一杯後ろ髪を引かれつつ土樽を後にする事になってしまいました。 それから10ケ月。3度目の土樽は初日快晴。山荘に着くと急いでゲレンデへ向かい練習、多少の不安を抱きつつも思い切ってリフトに乗りました。頂上に着くと不安なぞなんのその、ゆっくりながらも右に左に曲がりながら滑り降りるではないですか。 滑る度に確実に上達し、二日目には一度も転ばずにリフトに到着するまでになり、こうなると、冒険心も出てきて、リフトの右側へいってみたいと一人で新雪の中へと突き進んだ迄は良かったのですが、所詮ボーゲンが出来たばかりの腕前で新雪の中で沈没。自力で抜け出す事が出来ずに、石垣パパに救出して頂く始末。 それでも、三日目ともなれば、いつものコースをクルクルクルクル起用に降りて来るではありませんか。参加したみなさんにも『頑張ったネ上手になったネ。』と声を掛けて頂き、本人よりも私自身が嬉しくなった今回の土樽でした。 昨年、初めてのスキーに参加する時、私も妻も拓也がこんなにも上手に滑る事が出来る様になるとは想像も付きませんでした。 スキーに取り組む拓也を見て、本当にやりたい事には途中で諦めない強さを感じると共に、普段の生活の中で失敗してしまう事の難しさとその事を今以上に感じてあげなければならないのだと改めて考え直すきっかけになりました。 土樽の夏のテント生活や川遊び、そして冬のスキーと土樽に来るたびに頼もしく成長しているのを感じます。 これも、共助連の皆さんと一緒に参加させて頂いているからこそ出来た事とだと考えており、これからも宜しくお願い致します。 拓也は既に3月の土樽を予定している様です。 (高橋勇・記) |
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| 発達共助連2002年度第2回スキーキャンプは、2003年3月8日(土)〜9日(日)にかけて、いつもと同じく新潟県湯沢町の土樽スキー場で開催しました。 今年の春も駆け足でしたが、新しく降った雪もあり、たっぷりの雪の中それぞれに楽しみを新たにしました。 期末テストなどが重なっている学校も多く、参加者は少ないのではという予想に反し、39名の参加がありました。 |
| ☆02年度第2回スキーキャンプに参加して
1月は私の試験のためにゼッタイ行けないのに「土樽は?ねえ!」とどうしてもあきらめられない息子の願いをかなえてくださって、本当にありがとうございました。これほどまで彼が楽しみにしている理由は、あの杉谷開さんにたくさん遊んでもらった、楽しい思い出があるからだ、と思います。 |
| 発達共助連2001年度第1回スキーキャンプは、2002年1月12日(土)〜14日(祝)の2泊3日で、いつもと同じく新潟県湯沢町の土樽スキー場で開催しました。 参加者は、何と85名と、スキーキャンプはじまって以来の賑やかなものとなりました。北海道で養護学校教師をされている初期DSの鈴木香代子(旧姓・正木、本ホームページの治療教育現場からの報告の項に「北海道からこんにちは」というエッセイが掲載されています)さんも帰郷先の秋田から駆けつけてくれました。 今年も、初めてスキーをする子どももあり、はじめは「絶対にスキーなんかやらない」と言っていた子どもたちが、最終日には、1人で喜んでリフトに乗れるようななる様は、いつ見ても感動ものです。自然の持つ「治癒力」を強く感じます。 |
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これでも参加者の一部です。
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| ☆03年度第1回スキーキャンプに参加して | ||||
土樽の駅に着くと夏のキャンプで見たはずの道路や景色は、すっぽりと雪の中に埋まっていました。5ヶ月でこれほどの様変わりに自然のすごさにただただ、圧倒されるばかりでした。 今回のスキーは、私にとっては何と10年ぶりで 娘は4歳の時に一度経験があるだけの初心者なので、いったいどうなる事やら不安はありましたが、私自身は、思いもよらずスキーに行けることになり密かに楽しみにしていました。ただ、娘はどこまでやれるのか全く予想できませんでした。元気と勢いだけは人一倍の娘は、喜んで雪の中に飛び出して行ったのはいいけれど、何せスキーの板を履く雪の上では思い通りに動けないのでそのうち怒り出して、寒い・疲れた・もうやめたと放り出してしまうのではないかと思い、どうかスキー嫌いになりませんようにと祈るような思いでした。 阿子島先生、望月さんのお父様、他色々なお父様方にお世話になりながら、何とか頑張り、無謀にも初リフトに乗って、転びながら上から降りてきたというより転げ落ちてきたという感じでした。 でも本人は「明日もやりたい、リフトに乗りたい」と言ったのでホッとしました。翌日は、1日スクールに入れてみました。悪天候の吹雪の中、4人組の初心者グループは音を上げずに本当によく頑張っていました。「午後はもう行きたくない」と言うだろうと予想していたらやはり、他のお友達の手前(?)途中でやめるわけにはいかないと思ったのかもしれませんが行くといったので正直びっくりしました。 スクールを終えて帰ってきたときは、うーんと誉めてあげました。本人の中にも頑張ったという充実感が残ったと思います。最終日も半日スクールに入りました。今度は何とラッキーなことに先生と2人のマンツーマンレッスンでした。やはり、スクールに入ると、上達度が違うと思いました。プロの先生は教え方が上手いし、子供も甘えがでず真剣にやっていたようです。 今回のキャンプで、「スキーは楽しい。頑張れば少しずつ滑れるようになるんだ。」と思えてかなり自信が出来たと思います。それだけで、本当に参加した甲斐があったと思いました。 子供のことで嬉しかった事というのは何か久しぶりのような気がします。(今までその逆のことの方が多かったですから)神様がくれたお年玉だと思うことにしました。 子供が頑張ったのにも関わらず、久しぶりのスキーと温泉にリラックス出来る空間と、子供と遊んでくれる人が大勢いるという状況に気が緩み、親の私が子供を置いて温泉に行くというたいへん、愚かな失敗をしでかしてしまい、土樽山荘の皆様と共助連の方々には大変お騒がせし、ご迷惑をおかけした事について 誌面をお借りして、改めてお詫びさせていただきます。 まだまだ発展途上の親子ですが、今後とも宜しくお願い致します。 鈴木芙美子:記 |
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<久しぶりの発達共助連行事参加の初期DS・鈴木香代子さんからのメッセージ> |
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| ☆発達共助連の皆さまに愛をこめて、長い一筆 | ||||||
「土樽」ん、何て読みます?「どっそん?」「まことにあやしい」。 「おいこら正雄」時代は「猫魔だった」。「ねこのまものの住むスキー場だ〜、こわ〜」。案の定ねこまのふぶきはすごかった。やっぱねこのたたりじゃとから、そしてこんかいの土樽! 新潟!ん〜近い近い!秋田からすぐ!決まり!お子さまあずけて自称「いい旅夢気分!!」。 本をよみ足なんか組んでヒュ〜やったかっこえ~! 久々の新かんせん! 思い出すな〜、新かんせんの売り子時代! 東北新かんせんは国が恋しくなるからと、あえてえらんだ博多行き。富士の清きに涙した。ワゴンおしてねてるおじちゃまのあたまに“ゴン”。おつりまちがったけな! つまみこっそりたべたっけな! 「コラコラ」…と思う間に、えちごゆざわ。 あとはつちたるまで在らいせん!「なぬ?1じかんまち〜」「オーマイガ−ッ」「時は金なり、スキーなり!」。 「でもせっかくきたんだかん、さっ、かんさつ」で、駅ビルたんけん。「ふんふん笹だんごね、えちごはやっぱさけでしょう、さけ」。ふとみれば男たおれてる!!「なぬ〜ひるまっからよっぱらってんの?どしたの?」ん?人形!!おいおーい。すげ〜な〜。さすが酒どころ!田中角栄!「こしのかんばい」。小林幸子楽しくって、しげしげみてしまって候。 北海道は、やたらかんばんが大きくてびっくり。みやげやのまねにけがにおどってサケくうくまのってるけど、にいがたも、まけちゃいないナいいな〜旅。 そしてついたの、つちたるよ!すてきなお兄さん風な方ともちはだのかわいい少年!「い〜ね〜」と。そしてとなりには「ぜったい学校の先生か医者か教授だね。決まりだね。」の人。そのものごし、そのおはなしぶり。正解‥‥川戸さま。伊さわせん生に、はなしたらゲラゲラ笑っておりました。 予想通りのゲレンデ!そして予想以上のとってもすてきなやかた。でも下から入っていくのが実に「よっしゃ〜」なのでした。 冒険家しかじか、植村さんしかじか、南極しかじか、とはきいていましたが、仙人さまにおあいしてもうさいこうちょう!「すごい!98歳!」。「ピンポーン」。かってにコーフンしていました。めくれるスリッパよし!黒びかりするろうかよし!ひとけなしよし!よーし。まいごになってよし、よーし。 へやをあけると阿子さん、パソコンに年賀状!これもよしよし!! 何もかもうれしくなっているところに伊さわさま。{おせ〜な〜}!! よしよし「よくきたな!」じゃないのがやっぱりいい!!。 「早く(ゲレンデ)いってこい!!よしよし!」「ほ〜い」。 着がえはじめたら再びトントン。「どーぞ!」着がえてるのにまた伊さわさま、「どーぞ」って平気でいう阿子さん‥‥さすが!!いいっ! 何もかも「あと30分」にいそいそ…。みんな戻ってくるのにいそいそ…。 「行くの〜」「おそいな〜」、すれちがう人々「こんにちは」もそこそこがまたいい。 「リフトけん…」 「ん?」 「い〜のい〜の、もう店じまいすっから」 「いいなあ〜」 「や〜まはそろがね〜」 とすべったしゅんかんすっころんでスキーバ〜ァン!! 「な?なに?」ビンディングよわいじゃね〜の〜。気をとりなおしてもいっかい。ス〜「よしよ〜し」バ〜ァン!!。 「なんと」もたもたしてるまにみんなス〜イ。知らんかお!「ど〜しましたか」と声をかける人もなし!! 「いや〜だ〜。サイコー。ますます共助連ぽい!でも〜共助連って困った人を共に助けるっていみよ〜」「まっいいか!」ってけっきょくかついでおりたのね。すごいオープニング!! みなさまとのであいは食堂から!!「北海道のすずきです」に「えっ!あのでんせつの?」って!! あたしは遠野のかっぱか! ネッシーか! いやつちたるだから「つちのこ」でいい!!…。ゴーかなごはんをたべ、ふときづいたらなんとー!おニューのズボンのおしり10cmした右ももやぶけたわ〜。 キャーあわてて仙人さまへ。「はいはい、どーぞ」。なにごともなくサッとでてくる針と糸。いい!!これがやっぱり共助連!! そしてかわされる酒とフリーと子どもたち。(かわしまえいごふう)空間は同じだけど、大人は大人、子は子。 決して監視してない、してはいけないひととき。 大きいも小さいもなかよしもけんかも泣きもあり、一人もあり、ゲームもあり。決して強要しない。 我が子にとんでいこうとする人あれば、必ずだれかが「いいからいいから」の声。いい! 日常おやを困らせ、おやを悩ませ… の我が子が笑ってときどきおやのもとによってきて、またはなれていくすがたに、日ごろ集団が苦手、ひきこもる子が大声あげて笑って人とすごす姿。笑ってかわせる仲間との酒。こんなすてきなことあるだろうか! 「変わったね〜」「明るくなったよ」。たがいに言える仲間と仲間。「ちがうよ、そこ」本気で批判しあえる仲間となかま。 ねむたい時にねる。でも放ってはいない。子が子の中できづかってる姿。 こんな空間がうれしくていつまでもわくわくの夜は更けて‥‥ 二日目の初スクールは渡部さんと。スクールの先生。理屈はかんべんして〜。「グーッ」とか「ポン」のしてぇむずかしいこといわないで!!手と足バラバラ〜!。 そしてふと思ったの。この子どもたちも日常学校でこんな目にあっていませんように…って!! 夜は必ず酒とフリー子ども。 自由にかけまわる中でゲーマーたち!!ゲームはしているけど、ちゃんと周りに神経はってんじゃないかナ〜って、体ごとぶつかってあそぶことすきでいるのにんもう!! 自由って楽しいけど自分をみつめる空間だから…。ん〜。思いはつのる。!それもよし!! 星きれい!寒空のふるえている星は宝もの。 そうさく事件も共助連ならでは!!(ゆかりちゃんママごめんなさい)。おちつく人あり、あつくさがす人あり、なきじゃくる子あり…。でもぜったいよかったこの体験。人と人がつながるいいステップになったのだから! さまざまな人の考えや行動から今の自分を振り返り、次の自分にステップアップしたのだから‥‥。 仙人もスノーモービルで出動。なんてあったかいなんてすてきな、さわがずあわてず、きわめて自然体で…。すごい98才(だ〜か〜ら〜ちがうっつうの!!)。のちに67才と知りました。亡父と同い年!!父も偉大だったが、仙人も偉大だ!!どちらも山の男!! 朝はやく送っていただいた車中で仙人からきく冒険ばなし!根津甚八や宇崎竜童とのフリー参加のはなし……。まこと仙人は仙人であり紳士なのでありました。 またたくさんのであいがありました。だれをみても今をしんけんに、そして過去にう〜んと悩みをのりこえた姿。その生き方、考え方にほんとうに幸せをかんじ、汽車の中でトキ弁当を‥ 「もっともっととまりたい。毎日がこうならいいのに」歯みがきしながらゆかりちゃん。「そうね〜。でもね〜」とお母さん。「これがあと二日つづいたらしんじゃうわよ〜」とお互い目くばせしました。「来世で結婚しましょう」と良太。おう!たしかにきたゼ。 おせわになり本当にみなさまありがとうございました。おくればせながらお礼にかえて…。 土樽もいいけどこんどはぜひ北海道にもいらしてください。そこらじゅう自然のゲレンデです。キツネつき。またお会いできます日をたのしみにしています。 かよこ |
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大塚かつのぶくんの書いた思いで絵日記
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今年の春は駆け足で、雪はたっぷりありましたが、強い春の日差しで、さながら春スキーといった趣でした。 参加した若者の中には、半袖シャツやタンクトップ姿で春の日差しを満喫する者もいました。それでも、さすがはスキー場、午後3時頃からは急速に冷えだし、「寒い寒い」を連発していました。 41名の参加がありました。 |
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どうしたことかこの春は、雪が解けてしまうにはまだ早すぎる〜!ゲレンデを見るまで心配しながら車を走らせました。いつもより遅れ家を出たのが5時半、その影響は大きく、土樽に車を踏み入れたのは11時近かったと思います。 |
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| 発達共助連2001年度第1回スキーキャンプは、2002年1月12日(土)〜14日(祝)の2泊3日で、いつもと同じく新潟県湯沢町の土樽スキー場で開催しました。 初めてスキーをするという子供も加わって、44名の参加がありました。 |
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☆2001年度第1回
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| 共助連に入連して2ヶ月、子供と参加する行事はクリスマス会に続いての2回目。小3と年長の2人の子供の一家4人での参加。入連前から、その案内でスキーキャンプの様子は何となくわかっていたものの、参加してその3日間を振り返ってみると、少しずつ共助連の姿と、自分たちがどのように関わっていけばいいのか、何となくわかったような気がしてきている。 初日、土樽スキー場に着いて最初に思ったこと、それは「ホントにリフトが1本しかない」。しかし、これが幸いして、いつものようなスキーに来てまで、何かに追い立てられるような、滑らなきゃ、というような気持ちよりも、のんびりと、ゆったりと時間を過ごせる場所に来た、という気持ちに最初になれたことは間違いなかった。山小屋のようでありながら、清潔に手入れされた土樽山荘も素晴らしかった。初日は14時頃からあいにくの雨になってしまい、早々に山荘に引き上げてしまったが、子供たちは、次々と友達を作って、汗まみれになりながら地下の体育館?で走りまわっている。普段なら「走っちゃいけません」なんて言われるのに、今日は言われないな、なんて思っていたかどうかは分からないが。 夜の懇親会も、子供たちにとってはDSさんや友達と遊んでもらっていることが、ただ楽しいようだった。一方の大人たちは、おいしいお酒と、ゆったりした時間があることでただ満足。子供たちも、そんな雰囲気を感じ、居心地の良さを感じていたのではないだろうかと思う。 参加している子供と話をする中で、今回は家族なしで一人で参加した子、帰りは電車で一人で帰る子、など、子供自らが自主的に参加していることを知った。自分の子供たちも、そんな子供たちと触れあうことで、いつか何かを感じてくれればと思う。今はまだ、親中心の、できる範囲での参加でしかないが。 かまくら作り、大きなそりでの大滑走など、若さあふれるDSさんいなければとてもできない遊びを子供たちはさせてもらい、親でも先生でもない大人、お兄さんの存在が子供たちにとっては、今回の最高の想い出のようだ。 親の私たちも、日常から離れた穏やかな、貴重な3日間を過ごすことができたと思う。ありがとうございました。 (石垣千佳子) |
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| 発達共助連の当初活動計画にはなかった2000年度第2回スキーキャンプを、2001年3月10日〜11日、いつもと同じく新潟県湯沢町の土樽スキー場で開催しました。発達共助連行事初参加というご一家も加わって第1回と同じく、42名の参加がありました。 | ||||
☆2000年度第2回スキーキャンプ参加感想 |
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| 初めて共助連の行事に親子3人で参加させて頂きました。 土樽も共助連も初めての事なのでどんな所なのか、と楽しみにしていました。 宿に着いてひと休みしてから滑りました。ゲレンデは2日間とも雪が降り続き、良質なパウダースノーが、たっぷりとあり、滑りやすく、リフト待ちもなく、子供が迷うこともなく安心して滑れました。 我が家はスキー大好き家族です。いつもは真面目に(?)スキーが上達する事やゲレンデを征服(?)するために滑っているような感じなので、どこを滑るか、誰が前で滑るか、どこでお昼を食べるかなどでもめたりケンカしたりでした。 それが今回は子供を丸一日スクールに入れたり、山荘の他に食事のできる所がなかったり(そのお昼がおいしかった事も救われました)、宿で子供がさわいでも気にならないし、遊んでくれる人もいて、親子ゲンカをする理由が、まったくありませんでした。 それからいつも、共助連通信を読んでは「なんだこの飲み会は!!」と思っていた私たちも夜の飲み会に参加でき、色々な方とお話ができてよかったです。子供もDSの方やお兄さんやお友達と夜遅くまで遊んでいて大満足のようでした。 親子共に色々な方とふれあうことができ、久しぶりに有意義なスキーができました。ありがとうございました。(N・T記) |
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☆2000年スキーキャンプ参加感想(子1) |
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| 1月6日午後5時20分に家から出て、外は真っ暗だった。上野から特急水上1号にのって水上から上越線にのって土たるスキー場につきました。列車の中から雪にうもれている町が見えて来ました。 スキー場についたら雪がふっていて雪道を登って土たる山そうにつきました。 初めてスキー板をはいて雪の上に立ったけど新雪がたくさんつもってたから、ぜんぜんすべらなかった。 2日目にスキースクールに午前中だけ入った。午後からリフトで頂上に行きました。けどぜんぜんすべれないしすごくこわかった。 そして3日目ソリをやりました。ソリをやるとき一番さいしょやるときけっこうスピードが出てすごかった。スキーコースでやると速くてころんだ。大きな二人乗りのソリを持ってきてお母さんといっしょに乗ったら右へ曲がって行った。つかれたのでソリをかたづけて部屋にもどった。それからお昼ごはんを食べに食堂へ行ってラーメンを食べた。 午後からかまくらをほりにお兄さんとスコップで真ん中にほり、進んで中を広げて大人一人分の穴を作りました。けっこうたいへんだった。かんせいして帰る時間になったので待ち時間に食べるおかしを買って待ち時間の間に食べました。それから列車で帰りました。楽しかったです。 (福室陽介くん) |
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☆2000年スキーキャンプ参加感想(子2) |
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| お正月にスキーにいったこと かぞくで車でスキーじょうまでいきました。 スキーにいくとちゅうで雪がふって 大雪になりました。にいがたのゆ沢にいくときに、タイヤのチェーンをつけなければいけないところがありました。それはやっと終わって、ながいトンネルをぬけてにいがた県につきました。こうそくどうろでゆ沢でおりてまたもどって、土たるスキーじょうについてごはんの時間につきました。ごはんをたべ終わって、とまってへやにぼうっとして、なんかへやから電車のおとが耳にきこえました。それであそんでねて、その日のあさごはんをたべすぎてくるしいから二時間もねてしまいました。それでしゃべるでかまくら作りをやって、雪がっせんをやったらあられをとって雪にあられをいっぱいあつめて、あられドームをつくってそれでへやにもどりました。またよるごはんをたべて、ふろにはいってきがえてよるおそくまで遊びまくってあばれていました。 (東海林 泰寛くん) |
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☆2000年スキーキャンプ参加感想(母1) |
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| 初めて共助連のスキーに、子供と二人で参加しました。現地集合、現地解散と聞いてちょっとびっくり! 土樽スキー場へ行く列車の本数が少なく、乗り継ぎが大変でしたが、その代わり人が少なく、雪質がとても良かったので滑りやすくて家族向けのスキー場でした。小学校6年の陽介は、初めてのスキーなので、何日も前から楽しみにしていて、行く途中の列車の中から雪景色が見えてくると、大はしゃぎをしていました。 土樽山荘は、有名な冒険家の伊藤周左衛門さんの経営する素敵な山荘でした。川戸さん一家とは、長いお付き合いの様で、私達が行ったときには、息子さんがアルバイトをしていました。 山荘についてさっそくスキーをしました。新雪がたくさんつもっていたので、初めての陽介は、なかなか滑るのがむずかしい様でした。 夜は夕食の後に大人は飲み会をしながら色々な話にはなをさかせ、子供達は思い思いの遊びをして過ごしました。私も東海林さん、高橋さん、松下さん達と色々な話ができ、帰ってからも連絡が取り合えるようにアドレスを交換しました。 皆さんと話をしていると勇気づけられることが多く、これから先何か困った事があったとき相談出来る人達がいる事が心強く、気持ちが楽になったような気がしました。 次も日は朝からやる気満々の陽介は、リフトに乗って頂上へ行きたいと無茶なことを言いだしたので、午前中スキースクールに入ってから連れて行く事にしました。頂上に着いてみると思ったより急で、少し怖かった様ですが、何とか転びながら下りて来ることができました。陽介がスキースクールに入ってる間に私も滑り、伊澤先生にアドバイスをして頂きながら久しぶりのスキーを楽しむ事ができました。 スキーを脱いだ後はスコップでかまくらを掘って、その後東海林さんや川戸さんやDSのお兄さん達と雪合戦をしたり、つららで遊んだりして、夕食ぎりぎりまで外で遊んでいました。部屋に帰ってからは、DSのお兄さん達と子供達とウノをしたりトランプをしたり追い駆けごっこをしたりと楽しそうに遊んでいました。 一緒に行かれた竹中さんのお父さんは、ご高齢なのですがとてもスキーがお上手でお元気なのでびっくりしました。ちょうど1月7日がお父さんの83歳、お母さん77歳のお誕生日で皆でお祝いしました。 3日めの午前中はそり遊びとかまくら堀に熱中していて帰る時間になってもなかなか止められなくて、本当に大満足の3日間でした。 陽介にも私にとっても楽しい思い出になりました。また来年も行きたいと思います。 (福室春美・記) |
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☆2000年スキーキャンプ参加感想(母2) |
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| (前略) 先日のスキーキャンプに際しましては、大変お世話になりました。家族で楽しむことができて、十数年ぶりに(?)、こんなに楽しいスキーに再会できるとは、夢にも思ってみませんでした。 息子も喜んで、さっそく新学期の授業で、思い出の作文を書いて参りました。こんなに楽しさの伝わる文章が書けたのは、学芸会以来です。土樽での生活のすべてが、息子に元気を与えてくれました。 お陰様で4年生になってからは、休まず学校へは通っていますが、前途は多難です。けれども本人も家族も「楽しい思い出」こそ、それらを乗り切る知恵と勇気を与えてくれると信じています。(後略) 東海林充子・記(スキーキャンプ担当宛のお手紙からご本人の了解を得て一部抜粋したものです) |
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☆2000年第1回スキーキャンプ実施報告 |
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| 年が明けて間もない1月6〜8日にかけて、21世紀最初の発達共助連行事となったスキーキャンプを、例年通り新潟県湯沢町の土樽スキー場・土樽山荘で行いました。 まだ松の内からという開催日程には、参加者が少ないのではないか、という声も運営委員会で挙がり、スキーキャンプ担当としても心配していましたが、それを吹き飛ばすように、このキャンプにも44名の方が参加、発達共助連パワーを実感しました。 他のスキー場に雪がなくてもここにだけは必ずあるという谷川連峰直下の土樽スキー場ですが、今年は例年にも増して雪がたっぷり。大げさにいえば、前世紀の暮れから、雪が降り続いていたそうで、6日にも雪が降り続き、皆さん特に車で来た人たちは、大変苦労した様子。それでも到着後、すぐに雪の中に飛び出して行った子供たちのファイトに脱帽1 時期が時期だけに、心配していたDSの参加も、4名あり、これで、大人としてはゆっくり飲めるぞ、とほっと一息。 案の定、いつもの事ながら、子供たちは、親などそっちのけで、DSのいる大部屋に居着いてしまい、見捨てられた親たちは、夕食時間にようやっと子供たちとの対面を果たせたとか。 土樽山荘の広い体育館を借り切っての夜の懇親会も当然のごとく盛り上がり、子供たちが誰に気兼ねもせず遊び回る傍らで、親たちはアルコール付きの歓談に文字通り酔いしれていました。子供たちの中には、DS・子供部屋から帰らずそのまま寝込んでしまった子供もいて、DS部屋は大混雑だったとか。 「こんなにスキーとその夜を気兼ねなく親子ともども楽しめるのは、発達共助連のキャンプだけですよね」と語ってくれた方もおられました。 大雪続きの土樽も、さすがに発達共助連に配慮したのか、誰かさんの日頃の行いが良いのか(伊澤さんでないことだけは確か)、7日は薄日がさすという絶好のコンディション。皆さん、快適そうにスキーに打ち込んでおられました。スキー学校に入った子供たちの上達ぶりが、リフトの上から眺められるのが、ここのスキー場の特徴。皆熱心にレッスンを受けているのを見て、とても楽しく嬉しい気分になったのは私だけではないでしょう。スキー学校に入らなかった子供たちには、この日何と83歳になられた現役のスキー教師である竹中さんのお父上が、個人教授。教えを受けた子供たちが次々と上手になっていく、その教え方の上手さに感心しました。 伊澤さんご一家は、午後お帰りになりましたが、他のメンバーはリフトが止まるまでスキーを堪能。子供たちは、スキーの後は、そりに、雪堂堀りにと大車輪。雪との遊びを文字通り楽しんでいました。 その夜、夕食時には竹中さんのご両親の誕生日(お父上83歳、お母上77歳)をお祝いして、皆で「ハッピーバースデイ」を合唱しました。 大人たちの夜の飲み会、子供たちの遊び会も前日同様行われ、それぞれの時間を楽しみました。お父さん方4人は、お母さん方が引き上げ、アルコールがなくなっても議論を続け、その傍らで「この親父たちいつになったら寝るんだろう」と心配そうにDSが見守っていたのが印象的でした。でも、お父さん方だけで、こんなに話し合ったのはスキーキャンプで始めてのことでした。 翌日は、またまた朝から大雪。この日は流れ解散ということで、みなさん適度に滑った後、帰路に就かれました。 今回のスキーキャンプでは捻挫などの事故もなく、担当としてはほっと致しました。 来年のスキーキャンプを楽しみにしましょう。 なお、今回のスキーキャンプの感想を、東海林さん親子、および初参加の福室さん親子から頂きました。担当者としては嬉しい限りです。東海林さんのお母様の文章は担当宛に頂いた手紙の一部をそのまま掲載させていただきました。 (スキーキャンプ担当/川戸康暢・記) |
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☆第2回スキーキャンプ報告 |
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| 今年度第2回目のスキーキャンプは、さる3月11日(土)〜12日(日)にかけて、前回と同じく上越線沿線の「土樽スキー場」で実施しました。 参加者は、37名でした。 3月というのに、何と1月の第1回キャンプの時に比べ、雪の量は大幅に増え、雪質も上々でした。それもそのはず、我々の到着する2日前に猛吹雪で1メートルも積もったとのことでした。 今回も7名のDSが参加してくれました。前回とは異なり、女性のDSの参加がなかった代わりに、発達共助連行事に初参加の意欲溢れるDS新人が3名も参加してくれました。また、N君、K君もスキーキャンプは、初参加でした。前回も参加のR君、F君は、前夜(金曜日)の勉強会で明け方まで皆と一緒だったとかで、かなり疲れた様子でしたが、それでも子どもたちと一緒に滑り、また遊んでくれました。DSの皆さん、ご苦労様でした。 土曜の夜は、もちろん体育館を借り切っての親睦会。ただ、前回と違い、お母さん方の参加が少なかったためか、お父さん中心の懇親会となり、もう一つ盛り上がりを欠いたのが残念です。それでも、翌日、朝早く、渡部ママと高橋サカイさんが到着するや全体の雰囲気ががらっと変わったような気がしたのは、私だけでしょうか。 今回印象的だったのは、久しぶり参加のJ君、以前は全くスキーを履こうとしなかったのに今回はゲレンデまできてスキーを履くまでになったこと、前回かなり滑れるようになったK君が今回は休むことなく滑りまくり追いかけるご両親が疲労困憊(こんぱい)の様子だったこと、また前回参加されたがスキーを履かれなかったSパパが10何年かぶりといいつつスキーを履かれ滑られたことでした。また、子どもたちだけの参加も、5人にのぼり、本来あるべき姿に近づいてきたといえましょう。 また来年、土樽でお会いしましょう。 (スキーキャンプ幹事・記) |
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☆スキーキャンプ参加感想・1 |
2000年1月スキーキャンプ写真集以下の写真は、いずれもクリックすると大きくなります。時間が少しかかるかもしれませんが。 |
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| 我家は今年で2回目のスキーキャンプに参加しました。昨年度は直前にYMCAのキャンプに参加させたにもかかわらずスキーをしようとしなかった兄。前日のDSの先生にも「行きたくない」と訴えていました。父親と相談して必ずスクールに入れることにしました。 一日目は、足手まといの弟とは対照的に黙々とガンバっていましたが、やはり、リフトには恐くて乗れませんでした。 二日目はスクール開始30分でダウン。「お父さんにおこられるぞ」の威しで再会。午前終了時にリフトに乗ることをコーチと約束。さて、午後早々と姿が消えて、リフトに乗っていった様子。泣いていないか、あばれていないかと心配していましたが、コーチの支えでようやく降りてきました。弟の方は思いきってリフトであがり、放りだすと恐いもの知らずでドンドンすべっていきます。それを見ていた兄の方も恐々滑っているではありませんか。 幼稚園の年中から始めたスキー。4年生になってようやく自力で滑ることをおぼえました。何事も人の倍以上の時間がかかるけど、この自信が今回のキャンプの大きな収穫でした。今日、新聞紙面で「阪神大震災から5年〈共助〉体験を生かし」という言葉を目にしました。世の中にも〈共助〉という言葉が存在し、〈便乗〉ばかりしている自分を反省しています。 (家族連員/望月恵理子・記) |
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| 2日目たまたま一緒になった人たちで記念撮影 | ||||||
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| リフト乗り場の前で、お母さん勢とDSたち | ||||||
☆スキーキャンプ参加感想・2 |
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| 先日おこなわれたSKIキャンプでは、またまた感動を持ち帰る事が出来ました。 それは感想のところをご覧になれば、その感動が伝わると思います。 毎月のデイキャンプでは、味わえない楽しさがあります。三日間という短い期間に今まで山の下でみんながスイスイ滑り降りて来るのを眺めているだけだったのが、みんなと一緒にリフトにのって滑り降りてこれたということは、人ごとであっても嬉しくなるものですね。そんな興奮をもういちどあじわいたくて3月11日12日に第2回SKIキャンプを行うことに致しました。熱い感動を体験したい方、心行くまで飲んで、おしゃべりしたい方、終電を心配することなく楽しめます。 (共助連通信編集者・記) |
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| スキー学校に入ってまず歩く練習から始めたスキー初心者の人たち。しかし、翌日には、ボーゲンでぼちぼちと、3日目にはスイスイとゲレンデを舞い降りておりました。 |
☆スキーキャンプ・幹事報告 |
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| 1999年度第1回スキーキャンプは、新潟県湯沢町の土樽スキー場で、2000年1月8日(土)〜10日(祝)にかけて実施しました。 これまで15日であったの成人の日が第2月曜に変更されたため、最近のスキーキャンプでは初めて、2泊で実施したわけです。正月が明けて早々のため参加者数を心配していましたが、初日の8日には39名、翌日9日は実に52名、どちらかに参加されたかたの合計では57名の参加という、土樽スキー場でスキーキャンプを初めて以来最高の参加人数となりました。 肝心の雪は、暖冬のため、年末に降って以来あまり積もっていない、ということで決して良い状態でなく、近くの有名なスキー場である越後中里スキー場などでは地肌が露出し始めていましたが、それでもここ土樽にはたっぷりの雪があり皆さんそれぞれに雪と戯れていました。 そして、夜は、もちろんお決まりの飲み会。今回は、定宿の「土樽山荘」のご好意で1階の広い体育館を占拠、大人たちの飲み会の傍らで子供たちは誰にも注意されることなく走り回ったり、ゲームに興じたり、と大人、子供それぞれに大いに盛り上がりました。2日目など時のたつのを忘れ、話まくり、飲みまくり、気がつけば夜中の1時半とか。幹事は、ついにはTさんに部屋まで強制送還される始末でした(Tさん、ありがとう、ご免なさい、でも覚えていないのです)。 従来は1泊2日が原則でしたが、子供たちが雪に親しんだと思ったら解散ということに歯がゆい思いをしていました。今回2泊3日にした成果は、大いに上がったと感じています。ここ土樽の特徴の一つ、少人数のスキースクールに入れる、を利用して、これまで滑れなかった多くの子供たちが、最後の日にはDSや両親とゲレンデを我が物顔に滑っていたのが印象的でした。 嬉しかったのは、これまで土樽スキーキャンプにほとんど参加のなかったDSの人たちが参加してくれたこと。特に由季さん、唯さん、陽子さんなど日頃からデイキャンプに積極的に関わってくれている女性軍が、スキーでも夜の部でも頑張ってくれました(せっかくこのキャンプのためにいろいろ新調しながら、風邪で参加できなかったFさん、残念でした。次回のキャンプには是非参加してください)。また、良太君や文雄君たちが、子供たちにスキーを教えたり、夜は一緒に遊んだりと、大奮闘。暢樹君、夜の宴会の最後の片づけご苦労様でした。朋江さん、子供たちをかばっての打撲、その後いかがですか? DSの皆さんには、「リーバイ・ストラウス・コミュニティ活動推進基金」の助成で多少報いることができました。 その他、嬉しかったことは、不登校でしかもスキー経験が全くなかったY君が、たった一人で電車に乗って、やってきてくれたことはじめ、数限りありません。 個人的には、一緒の電車で帰ったKくん、私が途中の停車駅で時間があったのでたばこを吸いに降りたら、取り残されるのではないかととても心配してくれたようです。私が再び電車に乗ったのを見たKくんの天使のような笑顔、これが私にとって今回のキャンプの最大の喜びでした。ちなみに、このKくん、このキャンプの常連ですが、昨年まではご両親がつききりでしたが、今回特に最終日はご両親がおいて行かれるほどの勢いで一人で滑っていました。これにも感激! こうした行事の幹事はそれなりの苦労があることは確かです。しかし、参加されたご家族、お子さまが僅かな間に成長される姿がストレートに見られるというのが、何ものにも代えられないほどの嬉しさであることが実感できます。 どうです?来年はあなたも、発達共助連の何かの行事の幹事をやってみませんか? なお、このスキーキャンプの様子は、ホームページの写真集でご覧いただけます。 (スキーキャンプ幹事・記) |
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| 家族そろっての猛練習。 | ||||||
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| さすがは女の子、カメラを向けたらしっかりポーズ | ||||||
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| がんばり屋のK君、ついにゲレンデを征服。見守るお父さんも嬉しそう。 | ||||||
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| それぞれのスタイルで、楽しそうに滑る皆さん | ||||||
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| DS連代表の由季さん、黙々としとやかに?滑っていました | ||||||
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| そり遊びを楽しむカウンセラー、夕刻の谷川連峰が綺麗です | ||||||
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| 土樽山荘での夕食風景 | 宴会の場に来て、DSとの記念撮影をねだった子供たち | ||||
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| 共助連の夜は、いつも懇親会、カウンセラー、DS、親たちが心ゆくまで語り、かつ飲む | 夕食後、DSとトランプゲームを楽しむ子供たち |
| 発達共助連1998年度のスキーキャンプは、1999年1月23日(土)〜24日(日)の1泊二日で、新潟県湯沢町の土樽スキー場で開催されました。参加者は42名でした。
土樽スキー場は、谷川連邦に抱かれ、上越線の清水トンネルの新潟県側入り口にあり、清水トンネル建設当時から開かれた由緒あるスキー場ですが、ゲレンデが小さいため、訪れるスキーヤーは多くありません。それだけに、たとえ子供たちと離れて勝手に滑っていても、子供たちの居場所を常に確認できる、という大きな利点があります。加えて、このスキー場に一軒しかないロッジ「土樽山荘」のご協力もあり、発達共助連のスキーキャンプは毎年この土樽スキー場で開催されています。近隣の越後中里スキー場や岩原スキー場に雪がないときでも、このスキー場は滑走可能なことも安心材料の一つとなっています。 |
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<スキーキャンプに参加して>感動と言えば、我が家の横綱No2、次男の晃平は、共助連冬のスキーキャンプ土樽(発達共助連冬のスキーキャンプ場)に通って早6年、とうとうひとりで滑り降りることが出来るようになりました。とは言ってもボーゲンでようやく滑るといった具合ですが、我が家にとっては大スクープです。 |
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