| 2002サマーキャンプ報告・参加感想 | |
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<2005土樽サマ-キャンプ報告> |
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参加者は合計38名(飛び入り含む)であった。 今回のキャンプを実質的に取り仕切って頂いた石垣さん、福室さん両一家が、朝9時半頃到着されて静かに幕を開けた今年のサマーキャンプ、例年のキャンプと変わったことを以下に報告する。 1.DSの参加が6名にのぼったこと、そしてうどん作り… 滝瀬さんをリーダーに、女性陣は、吉岡さんと中尾さんという比較的新しいDS、男性陣は山田文雄くん、小野塚直也くんといった発達共助連キャンプのベテラン二人に加え、鳥居浩平君が参加してくれた。 男女比も3:3というバランスの良さに加え、積極的に動いてくれたことに感謝したい。 特に、女性陣は、2日目の主食を子どもたちにうどん作ってもらうことを企画し、事前の買い物を含め、その準備をやってくれた。このうどん作りは、子どもたちが、昼の主食作りに主体的に関わるという画期的な出来事であったといえるだろう。 ただ、天候の状況で企画していた「肝試し大会」が出来なかったことが残念であった。DSばかりでなく、おやじ連の皆も張り切っていたのに…。しかし、今回のキャンプの中でも、子どもたちが最も期待していたことの一つだけに、子どもたちの気落ちした顔に出会い、一番がっかりしたのは子どもたちであることを改めて思った。 2.共同テント使用者の数が多く初めて4張り張ったこと これまでのサマーキャンプでは、山荘泊の人も多かったので、共同テントは3張りも張れば、十分であったが、今回はテント泊希望者が多く、いつもより一張り増やした。そのため、予定したペグの数が足りず、固い地盤で半分折れ掛けたようなものまで使わざるを得なくなったが、現場担当グループ側としては、うれしい悲鳴であった。 3.子どもたちによるうどん作り これまで、多くの発達共助連キャンプを見てきたが、今回のような豪快な?夕立?は、発達共助連史上でも初めてであったと思う。 2日目、7月30日の朝は、雲一つない晴天。真夏の強烈な陽差しが肌に痛い。最近のサマーキャンプの天候があまり良くなかったことから、今年こそは思う存分河原で楽しめるぞと、子どもたちと会話を交わした朝食後、ひげの仙人から何やら不吉なご託宣。「午後早く夕立が来るぞ」。 そんなことは、あまり気にとめず、9時半頃、河原に出れば、ピーカン状態で、子どもたちは早速、清流に飛び込み、遊びに懸命。DSたちも、子どもに水を掛けられずぶぬれだ。大人たちは、いつも通り、昼飯の準備、早々とビールを飲み始める人たちもいる。 10時半頃より、DSの指導の下、子どもたちがうどんを練り始める。男の子たちが川遊びをやめ積極的に参加していたのが印象的だった。炎天下、子どもたちも汗だくだ。 と、11時頃、土樽山荘の佐々木さんが夕立が早まるかも知れないので「ニジマスつかみ」を早めにしようとやってきてくれた。そして、捕まえたニジマスを佐々木さんが焼いてくれるという。 子どもたちは、一斉にニジマスを捕まえるべく、川に入る。すぐ岩陰に逃げ込んでしまうニジマスをなかなか捕まえられない。ここで、「自分の出番」とばかり、登場してきたのが自然児・伊澤さんだ。子どもたちに捕まえるこつを伝授しながら、自分でもひょいと捕まえてしまう。 このころから、雲行きが怪しくなる。谷川連峰の方から発生した入道雲が、見る見るうちにその姿を大きくしていく。それでも、足でこねるうどん作り、うどん用のスープ作り、そしてカレー作り、BBQ準備、ニジマス焼きなどそれぞれの担当を楽しそうにこなしていく。後小一時間もすれば、おいしい昼飯にありつけるぞ、と誰しもが思っていた。 4.豪雨によるBBQの中止とずぶぬれの経験 ところが、11時45分頃、何やら冷たいものが空からやってきた。それは、5分もすると、大粒になり、激しくなってきた。 とりあえず鉄橋の下に避難。「ナーに、いつもの夕立さ、4〜50分もすれば、通り過ぎてしまいさ」と、呑気に思っていたが、本格的に降り出して10分もした頃、土樽山荘の佐々木さんが「本格的な豪雨かも知れない。上の山に降った水で一挙に増水する可能性もある。引き揚げることも考えた方が良い」と、忠告してくれた。そこで、折角、昼飯の準備が整いつつあったところではあったが、河原からの撤収を決断。直ちに、雨中の撤収を開始した。その間も雨足は、衰えるどころか強くなる一方。もう、皆ずぶぬれだ。女性DS陣には、子どもを連れて、一足早く、山荘に引き返して貰う。 河原に運び込んだ、食料、調理資材が多いだけに撤収にも時間がかかる。まして、折角大鍋で出来かかったカレーやうどんスープをそのまま持って帰ろうと言うことになったから大変だ。大鍋には、雨が入らないようしっかりふたをする。車に乗せては、こぼれてしまう可能性があるので、手に持って帰ろう、といういじましいまでの執念。DSの山田文雄くんも、ずぶぬれで大鍋の一つを抱えて運んでいく。やっぱり、発達共助連だ。 かくして、何とか撤収を終え、最終部隊が、帰路に就いたのは12時半を回っていた。この間にも、雨は激しくなり、最終的に忘れ物がないか、点検に行かれた、石垣パパ、白井パパ両名は、帰りに石堤の上を通っている際、流れの速さに足を取られそうになったとか…。撤収の決断が遅れていれば、危ないところであった。 ちなみに、土樽山荘へ直接車で行ける唯一の道の途中の橋が、撤収直後に冠水し、通行不能になってしまった。この道は、ずぶぬれの皆が通った道でもある。 このため、この日の午後、到着されたMさん一家と飛び入り参加の長谷川ママさん菜菜さん親子の2台の車は、山荘にたどり着けず、土樽駅前に駐車せざるを得なかったほどである。 都会にいては、味わうことの出来ない、自然の猛威、その怖さ、それにいかに対処するか、子どもたちがずぶぬれの雨の中で学んだものは非常に大きかったのではないかと思う。子どもたちが一段とたくましくなったように思えるのは、私だけだろうか? 5.豪雨の中のトムヤンクン作り 豪雨の中、テント村に帰った一団は、着替えもそこそこに、雨の勢いが多少弱まったのを見定め、河原で食べ損なった食事の準備に取りかかる。火おこしも、弱まったとはいえ雨の中である。これには、伊澤さん、そして山田文雄くん、小野塚くんというキャンプ慣れしたDSが奮闘だ。そんな中、伊澤さんが、得意の料理・トムヤンクンを作り始めた。と、その途中、雨足が再び勢いを増す。折角の料理の中に、水が入ってしまう、火が消えてしまう、と誰かが叫ぶ。ずぶぬれの伊澤さんを心配する声は挙がらない。そして、火と料理を守るため、ブルーシートを上からかざすことになった。最初からその中心にいたのは、当日突如日帰り参加で来られた長谷川さん親子。応援隊も次々駆けつける。 以後については、Mさんの感想に詳しいので、省略するが、これも発達共助連風のキャンプの楽しみ方の一つであった。 なお、河原では、まだ半焼けでありつくことが出来なかったニジマスだが、これは、佐々木さんが山荘で焼いてくれ、無事、皆の腹に収まった。 6.豪雨の中で、避難小屋にも行かず、ターフの中で雨をつまみに飲んだこと 雨にたたられた2日目は、夜になっても雨の勢いは衰えない。それでも夜の宴会は賑やかだ。これまでのキャンプの夜の中では、最も強い雨だったにもかかわらず、大人たちは誰も避難小屋に向かおうとしない。石垣さん持参のターフ、熊野石垣さん持参のターフに加え、発達共助連として今年新たに調達した大きなターフが威力を発揮。雨を肴に飲むも良し、とばかり、発達共助連ターフの下、20名近くの大人たちが車座?になって、ふだんのキャンプの夜と変わらず、酒宴が延々と続いたのであった。この逞しさ! 7.3日目午前中は川遊びに再挑戦、スイカ割りも… いつものキャンプなら、3日目は、河原に出かける子どもはごく僅か。ところが、今回は、見事に晴れ上がったこと、そして前日、河原で燃焼しきれなかった分を解消しようとばかり、全員が参加。存分に川遊びを楽しんだ。残っていたのは、昼食の準備と全体荷物の撤収にあたるキャンプ現場責任者グループだけであった。 この日は、昼過ぎても強烈な陽差しで、日よけのため、ターフをなかなか撤収出来ないほどであった。 残り物での昼食が終わると、スイカ割り。これも、前日、河原か、夜にやろうと企画していたものだ。子どもたちは、命中して歓声、はずれて歓声と、最後までキャンプを楽しんだ。 8.伊澤さん、阿子島さんのフル参加 久し振りに、伊澤さん、阿子島さんが、サマーキャンプにフル参加された。といっても、伊澤さんの仕事の都合で、東京を今から出ると電話があったのが、夕食6時の寸前。そして、9時過ぎの到着であった。 トラブルを起こしそうになった子どもたちへの対応など、やはりお二人からは学ぶべき点があまたあることを改めて認識した。 9.鈴木加代子さんからの激励FAX この通信に「北海道からこんにちは」のエッセイを書いておられる北海道の鈴木加代子さん。かつて、この土樽でのスキーキャンプに参加されたこともある。その鈴木加代子さんから、2日目の朝、連へ激励FAXを頂いた。 「発達共助連の皆様、そしてオン大将伊澤先生 札幌からおはようにございまして候! お散歩はおすみですか? 緑豊かな自然の中にあっては寝ているばやいじゃござらんで候! 川戸様 昨晩は無事におふとんで休まれましたか?」に始まる、いかにも鈴木加代子さんらしい筆致でつづられた激励文は 「この(今回、発達共助連のサマーキャンプに参加できないことの)埋め合わせは、何らかの形で是非後日にと思っています。どうぞみなさま、あと2日、ぞんぶんに来るべきハプニングをたのしまれてくださいね。そして、ぜひ来年北海道キャンプを企画してください。楽しみにしています」 と結ばれていた。 わざわざ北海道からの激励FAX、感謝、感謝です。 結果的に事故もなく、電車組は全員予定の電車に乗り、帰途についた。こうして、午後3時、すべての撤収を終え、最後まで残った石垣さん一家、福室さん一家、白井さん一家、DSの小野塚くんそして私も加わり、一本締めで、今年のサマーキャンプは、つつがなく終えた。 (川戸・記) |
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<2005土樽サマ-キャンプに参加して・1>-DSの感想 |
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また、共助連のサマーキャンプには日程表がありませんでした。それぞれが自分のやりたいことを自分のやりたいときにやる、という時間に縛られない生活はとても新鮮で気持ちのいいものでした。ただ、私は二日目の午後までしかいられなかったため、二日目は帰りの電車の時間を気にしながら過ごすことになってしまったのが残念でした。でも一番の心残りは、みんなで一緒に作ったうどんや、私が帰った後にも出てきたであろうたくさんのおいしい料理を食べられなかったことですが…。 一泊二日という短い時間でしたが、普段の月例会などでは話さない方々ともお話しすることができ、あっという間の楽しい時を過ごすことができました。楽しかった思い出と共に、日焼けと、ブヨに刺された跡も残ってしまいましたが、それだけではありません。まだはっきりとはわかりませんが、このサマーキャンプに参加したことで、きっと大切な何かが得られたと思います。子どもたちからもたくさんのパワーをもらうことができました。ありがとうございました。 (DS Y.N) |
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<2005土樽サマ-キャンプに参加して・2>-子どもの感想 |
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ほぼ毎年土樽のサマーキャンプに参加するケド、今回のようなあんな災難にあったのは初めてだった。 1日目。現地に到着してテントを設営し始めたとたん、いきなりの雨。初日から雨が降るとさすがにテンションもDOWNしてしまう。でも、その後すぐに止んだのでホッとした。・・・本当の災難は今ここから始まる…。 この日の夜、テントの中は虫のたまり場。周りの人は電気を消せば見えないとかって言うけれど、1度みた虫を電気を消したくらいで忘れられるわけがない…。3人で寝るには広いテントだったから虫の恐怖から逃れるためにDSの容子ちゃんを真ん中に挟んで、手をつないで寝た。私は朝まで手をつないでいたらしい。虫たちがよっぽど怖かったのだろう(笑) 2日目は川に行った。良く晴れていたからテントの外に靴を置いていった。でも、お昼くらいになると雨が降ってきて、キャンプ場に戻ることになった。戻ってくると雨は次第に止んだが、夜また降り出した。楽しみにしていた肝試しが出来なくて残念だった。しかも、テントも浸水してしまって、寝場所に困ったけどテントを貸してくれたので、この日は快適に眠ることができた。 3日目。また、川に行った。普段はひざくらいまでしかない水も昨日の雨で水が増え、腰くらいになっていてとても驚いた。 今回のキャンプは虫や雨で大変だったけど私なりにとても充実していたと思う。そして、全部いい思い出になった。次行ったときもたくさんいい思い出を作って、また充実した日々を過ごしたいと思う。 (裕美) |
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<2005土樽サマ-キャンプに参加して・3>-親の感想・1 |
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参加するにあたっては不安や心配が山積みでした。息子はたくさんトラブルを起こしてしまうだろう…、私達両親の言う事も全然きかなくなるだろう…、こんな私達家族を他の方達はどう思うだろう…、もしかしたら、全部が裏目に出て、「やっぱり行かなければよかったんだ。」と打ちのめされて帰る事になるかも知れないと、心の中で覚悟もしていました。 土樽に近付くにつれて雨が激しくなってきました。キャンプ場目前で川が増水し、道が寸断されていました。「やっぱり止めればよかったのかな、、、。」ついつい弱気になります。 3時頃に到着した時には雨は上がり、キャンプ場では調理の煙りが上がっていました。みなさんは午前中川遊びを楽しみ、「これから河原で昼食!」という時に突然の豪雨のため、急いでキャンプ場に戻ってきたとの事でした。「みんなずぶ濡れで、お昼もこれからなのよ。」と言いながら、その顔は楽しそうで、すっかり畏縮している私達を優しく受け入れてくださいました。 早速息子がいろいろとしでかします。いつものように私と夫とで諌めようと足を踏み出したところで、阿子島先生が私たちを制止されました。「探索行動ですから、ほうっておいて。ちゃんと予測できていますから。」 それでも私たちの眼は息子に釘付けです。何もかもに注意をしたくなります。だって何年間もそうやってきたのですから。息子を監視する事、それが、周囲の人達と何とかやっていくために私たちに課せられた役割だったのですから。 でも、その役割から解放された1泊2日は、とても大きな発見をもたらしてくれました。息子は今まで出せなかった良い面をいくつも見せてくれました。 他のお子さんにちょっかいを出してしまった時、しばらくして自らそのお子さんに謝りに行くことができました。いつもだったら私達大人が諌めて有無を言わさず謝らせていた場面です。先生方は、相手のお子さんの気持ちを汲み取られながら、一方で息子が落ち着くまで待ってくださり、自分から謝れる状況かどうかを見極めていらしたのだと思います。自ら謝る事がとても重要であるとは分かりつつも、いろいろな意味で日常その状況まで待つ事は難しいのが現実です。でもなんとかできないか、今後の対応について考えさせられました。 息子だけでなく、子供達とDSさんみんなが、まるで映画の中のような美しい自然の中で、本当に楽しそうに生き生きと輝いていました。私達は、余計な口出しはせず、先生方やDSさん達のかかわり方を見ていました。 のんびりと冷たい川の水に足を浸して、楽しそうに遊ぶ子供達を眺めている中で、うんと以前の、楽しい、幸せに満ちた日々がよみがえってきました。そして「ずっとずっとこんなふうに子供を見たいと思っていたんだ。」と、心の底から、封印していた思いが沸き起こりました。そしてこんなふうに過ごせる時間を少しでも持ちたいと強く思いました。 長い付き添い生活の中で、ちっとも状況は良くならず、手は尽くしきったと言う諦めに近い思いを抱いていたのですが、まだまだ、たくさんできる事はあるんだ、と気付かされました。 もう一つ、みなさんの調理好きにも触れないわけにはいきません。 いつも美味しい食べ物がたっぷりありました。朝食と夕食は山荘で頂くのですが、それとは別腹ということなのかキャンプ場でも調理が続き、次から次へと美味しい食べ物が出てきます。そしてそれらはあっという間にみんなのお腹の中に消えていきます。もちろん私達もたくさん頂きました。 圧巻はバケツをひっくり返したような土砂降りの雨の中のトムヤムクン作りでした。豪雨のなか、数人の人がブルーシートで屋根を作り人柱になり、伊澤先生がそのまん中でトムヤムクンを作っていらっしゃるのです。もちろんみなさんずぶ濡れです。こんなに凄い土砂降りでなぜ火が消えないのか…。いや何故調理をやめないのか…。キャンプも共助連も初心者の私はただ驚き、不思議に思い、感心し、なんだか嬉しくなってしまいました。 その他にも多くの発見がありました。大人達が子供達に何かを教えようと身構えていない事、子供の行動に一喜一憂しない事、DSさん達の存在が欠かせない事、仙人(土樽山荘の御主人?)に怒られる事を「もっともだ。」と言いながらも楽しんでいる様子である事、あっと言う間に火をおこせる事、等々。挙げればきりがありません。 参加前の心配は杞憂に終わり、自然の厳しさには打ちのめされましたが、多くの宝物を胸に清々しい気持ちで帰路に着く事ができました。感謝感謝のキャンプでした。 (M.S) |
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<2005土樽サマ-キャンプに参加して・4>-親の感想・2 |
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今回、2日目折角川辺でバーベキューを段取りしてたところ突然の雨(スコールみたいな雨)にたたられ急遽グランドに移して実施しましたが、これも自然相手のためいろいろなアクシデントに対応していく必要を実感しました。子供たちは子供たちで結構良い経験をしたと思います。 3日目は、関係者及びDSの方々の協力もあり、川遊びができ生き生きとグランドに帰ってきた顔が今でも思い出されます。さて今回、阿子島先生の最後の参加になってしまいましたが、伊澤先生も参加して頂き、夜は非常に貴重な話が聞けてとても勉強になりました。 今回は前回迄と趣向が変わり、少し派手さは押さえられたきはしますが、反ってみんなまとまったサマーキャンプになったと思います。 (白井・記) |
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<2004土樽サマ-キャンプに参加して・1> |
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ところが、ところが、現実のサマ-キャンプは違っておりましたよね。東京えびす連の鳴り者さん4名、笛の名手村上さん、三味線と鉦のシンちゃんしめ太鼓のおっクンと恩賀さん。男踊りのノブ君の合計5名が共助連のキャンプ行きたいと、かけつけてくれました。事のいきさつに一番驚いたのは、私かも知れません。と言いますのは、阿波踊りの練習を終え、その仲間とはあまり食事に行かない私だったのですが、何故か食事をする事に。 三味線のシンチャンに、目前にせまっている共助連のキャンプの話しをなにげなく呟いたところ、『テ-プの音より生の音がいいでしょう。行きますよ!』と即答。キャンプ翌日は、「新中野なべよこ夏祭り」が入っているというのに、なぜ?どうして?そんな遠くから駆けつけてくれるのかと、東京えびす連のボランテア精神、阿波踊り魂に吃驚させられたのでした。東京えびす連の皆様、参加くださいまして、本当にありがとうございました。 今回のサマ−キャンプは、1日目天気が悪かったようで2日目は盛り沢山。河原でバ−べキュウ、魚のつかみどり。焼き魚にビ-ル。河原でボ〜。 これだけでキャンプを満喫できる私ですが、夜はキャンプファイヤ−、すいか割り、花火、そして、キャンプファイヤ−のまわりで東京えびす連さん生演奏による阿波踊り。 その生の音を聞きつけかけつけた合宿中である秩父女子高生のコ−ラスあり。 土樽山荘の御主人伊藤さんも足が悪いのに音を聞きつけ一緒に男踊り。えびす連のノブ君と2人踊っている姿がなんともいえずでした。土樽に夏まつりがやってきた!そんなひとときをそれぞれに味わっていただけただろうか?と思いました。 また、目に見えない所で、キャンプができるように、初日から段取りしたり買い物いったりと活動されたお父さん、お母さん、子供達。お疲れさまでした。火を囲みおしゃべりしながら頂く手作りの食べ物とお酒のなんと美味しかった事か。感謝の一言につきますね。そして、渡部さん、福室さんお疲れ様でした。佐久間峯子さんからでした。 (佐久間峯子・記) |
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<2004土樽サマ-キャンプに参加して・2> |
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私共は今回で3回目の夏の土樽キャンプになります。最初の年は、普通の旅館に泊まる準備でテントに泊まり、砂利の上にビニールシートを敷いた上に寝たものですから、「痛い、寒い、痛い、寒い」で私はよく眠ることができず、昼間はほとんど寝ていたようです。 翌年は、それに懲りてエアーベッドと上掛け用の寝袋を持っていきましたが、荷物が重すぎてバッグのショルダーベルトが肩に食い込んで、階段を上るときに「痛い、重い、痛い、重い」でした。 そこで、今年はショルダーベルトにゴルフバッグ用のパッドを取り付けることにより、肩に背負っても痛くなくなりました。私自身、毎年学習して快適なキャンプ生活を過ごせるようになり、今年は最初のテントの設営から最後の後片付けまで参加することができました。 息子の玲に関して言いますと、最初の年から夜はぐっすり寝ることが出来ていて、子供の適応力に感心した次第です。今年のハプニングは、寝ていると強風でペグが抜けてテントの支柱が1本倒れていきなりテントの空間が半分になったことですが、風にあおられてとても大きい音がしたので一旦は目覚めたものの、眠たかったのでそのまま寝てしまいました。少しは逞しくなったのでしょう。 キャンプ生活を説明しますと、大人は到着したら、まず宿泊用や日除けのテントを設営します。子供は自由行動ですが、近くの川で水遊びが出来ますので、泳ぎに行くお子さんが多いです。今年はエアガンで遊んでいる子もたくさん居ました。 夜はキャンプファイアーや花火ですが、初日は台風の影響で風が強くキャンプファイアーは見送られました。仕掛花火をやろうと、花火を色々組み合わせて作ったのですが、連続して発火させるための導火線に用いた花火の着火がうまくいかずに失敗してしまいました。ライターで着火させても中々発火しなかったので、やや湿っていたのかもしれません。グループに分かれてコンテストをやると面白いので、次回はぜひ成功させたいものです。 その後は、大人は飲み会で、子供はそれぞれ別れて遊んでいました。TVドラマ「光とともに」が話題に上りましたが、あまりに恵まれた状態の部分のみを切り取ってドラマにしているので、障がい者(害は使わないという意見があります)への環境が整備されているという誤解を与えてしまうという意見がありました。しかしながら現実は電車に乗ると優先席に平然と座っている健常者の方々がいるような社会なのです。優先席が必要のない社会が来るまでは、我々は様々な生活や仕事の場面・状況で優先席を確保する働きかけをせざるを得ないようです。 翌日は、川遊びとバーベキューが昼間のお楽しみです。 鱒のつかみ取りでは、去年の囲いを設けて作ったプールよりも難易度を上げて、砂防堤の上にある流れの緩やかな川に直接放流しました。砂防堤のおかげで下流に魚が流れていってしまうことはなかったのですが、岩や石だらけの川の中からつかみ取りをしなければなりません。皆さん熱心に放流した数がつかまるまで魚を追っていました。 川遊びで印象的なことがありました。玲と同学年の男の子がふざけて馬越二郎君の顔面に麦茶をコップ一杯ぶちまけてしまったのです。二郎君はとても怒って持っていたコップを地面にたたきつけて「駄目」と叫びました。 取っ組み合いになるようなら(なっても仕方がないような不条理な行為と傍目でも感じましたが)間に入らないといけないと思いつつ見ていたのですが、二郎君は仕返しをしませんでした。「ああ、彼の心の中には守るべきものが育っているのだな。」と思いました。彼の親御さんや周りの人から愛されているから、いくら怒っても自分を抑えることが出来るのだと。彼の克己心に敬意を表したいと思います。 我が息子の玲の場合でもうまく行動できたことがありましたので、キャンプ中のことではありませんがほかの方の参考になるかもしれませんので紹介します。息子は今小学校4年生です。学校で休み時間に同級生に九九の問題を出されてうまく即答できずに馬鹿にされました。そのとき、「出来ないからってそんな言い方をすべきではないよ。」と相手の子に冷静に伝えることが出来ました。そうすると周りの同級生が息子の意見に、「そうだ、保田君のいうとおりだ。」と賛成してくれたそうです。後から「さっきはごめんな。」とからかった子が謝ってきたそうです。 息子がこのような行動をとることが出来たのには伏線があります。男の子向けのファンタジー映画を最初は映画館で見ていました。クライマックスになると叫び声を上げてしまいました。そこで家でDVDを見ることにしました。クライマックスになると他の部屋に逃げ込んでしまいました。二回目は慣れてきて目を瞑り、耳をふさぐ程度になりました。そのうち、面白くなって何度も見るようになりました。今回彼の参考になったのは、「ネバーエンディングストーリー」という映画です。何作も作られているのですが、比較的新しいシリーズが気に入って、何度も何度も見ました。いじめられっ子のバスチアンがいじめっ子と対決することになるのですが、腕力では到底かないません。一度は喧嘩したものの、先生にばれて喧嘩相手と罰の作文を命じられます。そこで二人で話をするようになり、お互いの相違を認め合って友情が培われるというお話がファンタジーと平行して出てきます。いやなことがあっても対話によって問題を解決する方法を映像で学ぶことが出来たようです。思春期前にはファンタジーが、思春期を過ぎたらホラーを見ることで怖いこと、いやなこと、むごいことなどを疑似体験して、実際に自分の身の回りで起きるトラブルに比較的冷静に対処が出来るようになるようです。私の息子は音声よりも映像、画像のほうがインプットされやすい個性を持っていますので、映画はよいツールだと思います。 夜になると、今回はゲストで阿波踊りの鳴り物(笛、鐘、太鼓、三味線などの楽隊)の方々に参加していただけましたので、キャンプファイアーの周りを踊りまくりました。土樽山荘で合宿中の秩父高校コーラス部の面々も参加してお祭りになりました。中腰で両手を上げっぱなしにする必要があり、結構体力が必要なので体を使うのに一生懸命になり、他のことを考える暇がないので、雑念が消えてリフレッシュされました。 花火ももちろん楽しみました。今夜は、玲が「一緒に居てね。」と頼んできたので寝付くまで添い寝しました。前夜のハプニングで不安になったのかもしれません。 翌朝は、後片付けです。三日目が一番暑くなり、日焼け止めを塗っても日焼けしてしまいました。玲はまた川遊びへ行きました。じつは1年生のときからスイミングスクールに通っています。途中で同級生がどんどんうまくなるのでいやになりかけたこともありましたが、「遊びに行ったときに、海や川で溺れたら困るから、泳げるようになって欲しい。」と説得して続けてもらっています。継続は力なりで、つたない泳ぎですが、25m泳げるようになってきました。私の息子はあまり肉体的に活発とはいえないので、運動不足を懸念して定期的に運動(水泳や簡単な体操)をしてもらっているのです。私が小学校4年生のときに腎炎を患い、入院と自宅療養で2ヶ月学校を休んだ後、体育で懸垂が一回も出来なかったことにショックを受けて、腕立てと懸垂を毎日の日課にした体験があるからです。 最後にニンニクの効いたローストビーフに舌鼓を打って解散となりました。去年は降りしきる雨の中、今年は強風でテントがはためく中で寝るという体験が出来、自然の中で五感が磨かれたような気がします。それから、皆様にはいろいろな設備の準備や買い物をしていただき、本当にありがとうございました。 (保田宏一・記) |
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| 2003年度のサマーキャンプは、例年より早く、夏休みが始まってすぐの2003年7月19日(土)〜21日(祝)にかけての3日間、昨年に引き続き、新潟県湯沢町土樽の「土樽山荘」の広大な敷地を拝借、テント泊を原則に、実施しました。 梅雨明け宣言が一向にでる気配がないままにのサマーキャンプで、天候が心配されましたが、今年の夏にしては比較的恵まれ、晴天からスコールまで、山の天気の変化の激しさも堪能し、渓流遊びからBBQ、そしてますのつかみ取りなどほとんどの予定行事を実施することが出来ました。 |
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<2003サマーキャンプ報告> |
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しかし関越トンネルを出た途端、青空が広がり、汗ばむようなお天気が待っていてくれました。午後の上り・下りの列車が到着するたびに人が増えていき、それぞれにテントを立て、「共助連村」が作られました。 あまりの陽気に子供達は川遊びをせがみ、雨上がりで水が冷たいにもかかわらず、元気に遊びました。 食事のあとはキャンプファイアーと花火をやり、大人はいつものように生ビール。その雰囲気を盛り上げてくれたのは、今年も満天の星!「あっ、北斗七星!カシオペア!あっ、流星」まったく予想だにしなかった展開です。 どこまでも強運の共助連?!それは次の日も続きます。 なんと起きれば快晴!暑くてテントに寝てられない状態です。 こうなったら子供達は待ち切れません。DSさんの用意してくれたゲームでGETした水鉄砲を持って、また川へ。 岩場に設定された今年のますのつかみ取りはなかなか思うようにつかめず、ちょっと苦労していました。カレーが出来上がるまではララミーから宅配された焼き肉を食べ、みんなの食欲は暑さ・寒さ関係ないようでした。 ますやパンを焼いたり、お腹いっぱいのあとものんびりと昼寝をしたり、最後のすいかまで早い夏休みを楽しみました。 片づけが終わって戻った頃、雷とともに大粒の雨が降ってきました。ちょっと水浸しのテントもでるくらいの雨でした。 しかし、この雨も夕食後にはおさまり、またまた花火も宴会もできるという、まったくラッキーな展開でした。 日帰りでも参加の山上さん、発車寸前まで雨の中片づけを手伝ってくれた杉谷さん、初めて一人でやってきた江副君、息子さんの参加に満足そうな狩野さん、雨の中テントでがんばった保田さん・高橋さん親子、よく遊んでくれるDSさん、着メロダンスの佐久間さん、お料理上手の美和ちゃん・・・いろんな子供達の成長が垣間見られ、それを上手に誉めてくださるお母様達。 共助連は「おおいなる近所付き合い」だと私は思いました。 元来主催者とお客さんではないこのキャンプは皆さんの協力があってこそ。「お世話になりました」とにこにこ顔で一声かけて帰っていかれる姿にホッとしながら、雨の中いつものメンバーで最後のテントを片づけて、一本締めで解散となりました。 「何かプログラムは?」というご質問もありましたが、他の営利団体のキャンプにはないのんびりさを信条に、やりたければ好きなことをやりましょうの主義でこれからも続けていきましょう。 しかし、何と言っても土樽仙人はじめ土樽山荘の皆さんには今回もお世話になり、本当にありがとうございました。 ここでひとつ提案があります。 それは食器の持参をもう少し定着させられないかということです。ゴミの大半が使い捨ての食器です。土樽のようにゴミ処理をお願いするときはまだ良いのですが(でも、かなりの量でした)、ディキャンプの時の持ち帰りにはとても迷惑です。「手ぶらで・・・」という世の中の風潮もあるかもしれません。 キャンプの三種の神器ともいうべき「食器・軍手・雨具」。一度用意しておけばいつでもOKになるように。今回しおりに書いたにもかかわらず伝わらなかったことを反省しています。 (03サマーキャンプ幹事/望月恵理子・記) |
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<土樽での川遊び>-子どもからの報告 |
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川でやるとしたら、やはり魚のつかみどりです。魚が岩のしたにかくれたり、足と足の間をすり抜けたりします。もうみんなで「つかまえよう」「つかまえよう」で、魚をやっとつかまえた人もいると思いますが、ぼくは1ぴきもつかまえられませんでした。 そのおかげでぼくは魚を食べる気になりませんでした。 でも、今度はぜったいつかまえようと思います。 (望月直典・記) |
<土樽サマーキャンプ2003参加感想> |
| 夏のキャンプは昨年に続いて2度目の参加。 今回も家族4人で参加を楽しみにしていたのだが、キャンプ前日に下の子が発熱し、急遽、父(私)と子の二人でのキャンプ参加となった。 考えてみれば2人だけの泊まりがけの旅行は初めてのこと、行きがけの車中で、本人は「なんか2人だけは緊張するなぁ」などと言いつつも、「テント張りは手伝うから任せて」、と張り切っている。 テント設営やキャンプファイヤー、川遊び、恒例の盛りだくさんのメニューを楽しみ、皆さんの驚くべき食欲に驚嘆し、いろいろな人と話しながら夜更けを楽しむ…。何気ない会話の中からヒントをもらい、日常を少し振り返ってもみる。 共助連に入って2年も経っていないが、知り合った子たちの成長もみえるようになった。時間の流れを感じているだけかもしれないし、久しぶりに会った印象だけかもしれないが、今回、高校生の子供達(といっては失礼?)が、楽しそうに集まっている姿がすごく自然で、新鮮に感じられた。 心配した天気も、時折、山懐らしい雨が降りながらも持ちこたえていたが、3日目の朝は完全な土砂降り状態。子供達は山荘の中に避難してしまったが、あの雨の中でのテントの撤収を手伝わせるのは、さすがに酷というものか?しかし、覚悟を決めてずぶ濡れになって片付けを始めてみると、汗を流してくれる雨が心地いい。自分にとっては久々に思い出した感覚だった。 片付けをしながら、これだけの人数が集まり、盛りだくさんのプログラムを行うためのエネルギーを考えてみる。プログラムの準備や事前の手配、食材の調達その他の準備をしてくれた方、参加したすべての人に感謝。そして、土樽山荘の皆さん、ありがとうございました。 小雨の山荘をあとに、帰途の車中で「長かったような短かったような3日間だったね。なんか不思議な感じがする」と言っていた。すべてがすべてうまくいったのではないとは思うが、自分なりに充実した3日間だったのだろう。私にとっても、日常から離れ、ヒントやエネルギーをもらった貴重な3日間だった。 (J.Ishigaki・記) |
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| まずは、人数分のテント張りからキャンプはスタート |
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〜11日(日)にかけての3日間、いつもスキーキャンプを毎年行っている新潟県湯沢町土樽の「土樽山荘」の広大な敷地を拝借、テント泊を原則に、実施しました。参加者は、91年に発達共助連として発足してからは最多の84名でした。 今回は、同じ自然が冬と夏でどう違うのかを体験し、自然の素晴らしさと怖さを味わおうとの趣旨で土樽としました。 DSも7名が参加。テント張りから、子どもたちとの交流まで大忙しでした。特に、河原での水遊びでは、全員が子どもたちに水をかけられ、最後は観念したかのように、普段着のまま子どもたちと一緒に泳いでいました。川の水の清冽さと夜空に光る星の多さ、特に流れ星の多さに参加した皆さん、大いに感動したようです。 |
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<2002サマーキャンプ報告> |
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忙しい仕事の合間に参加してくださった伊澤先生、最終日の飲み会のために新幹線とタクシーでかけつけた佐久間さんをはじめ、84名の皆さんが土樽に集いました。 けが人・病人もなく終えられたことが何よりでした。 土樽の夏はみんな初めてなので、一体どんなことをすればいいのか分からない状態でのスタートでしたが、定番のキャンプファイアーと花火に加えて、そのたき火からお餅を焼いたり、ローストビーフや燻製が出来たり、みんなのアイデアで盛り上がりました。 メインの河原でのディキャンプはお父さん達の火興し、お母さん達の調理、子供達の鱒取り、水遊び…。テキパキと協力して行われ、最後のすいか・かき氷までお腹いっぱいでした。それにしても、みんなの食欲には驚かされました。 春にはふきのとうと土筆でいっぱいだったので、最初の計画ではスキー場の上にくじを置いて、景品を渡そうという予定でしたが、草ぼうぼうで断念しました。予算不足でラジカセ・ホットサンドメイカー以外は我が家のお宝ばかりで失礼しました。 それでも三日間をこのような会費で運営できたのも、ひとえに土樽山荘の伊藤さんご家族のご厚意のおかげです。テントではお風呂も諦めていた方にも提供していただき、まったく恵まれた環境に改めて感謝したいと思います。 これからもみんなで作るキャンプを心がけていきたいですね。 (02サマーキャンプ幹事/望月恵理子・記) |
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<土樽キャンプに参加して> |
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当日、早めにでたのにもかかわらず、赤城出口付近で突然、車のエンジンが止まってしまいJAFにお世話になり、渋川の日産で部品を交換した。もうすぐ着くというのに道が判らず戻ったりして、無事に到着! 今度はテントの組み立てが判らず、望月さんにお世話になりました 2日目さっそく川に行ってバーベキュ、焼きそばを焼いたり、美味しいものを沢山食べました川に入りたかったけど、あいにく、水着を持参せず、夜遅くまで飲んだり話しをしたり、盛り上がった。普段忙しい私にとって、とっても充実した3日間あっという間に過ぎてしまったけど、とてものんびりすることが出来感謝です。 何と言っても天の川や流れ星が美しかった。裕美も美和もとても普段体験できない川遊びや魚のつかみ取り天の川等、とても心に残る思い出になったようです。 是非来年もみんなで元気に参加したいと思います 今年の反省を活かして、皆さん色々とお世話になりまして有り難うございました ここに来て赤とんぼが沢山いるのに驚いたけどもっと驚いたのは美和にも赤とんぼが捕まえることが出来たのにはエッ−と言う感じで、この赤とんぼはとってものんびりしているんだな〜と思いました。 (折原 国広・記) |
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今年もテント宿泊がベースのキャンプ。キャンプファイアは昨年を上回る高さに積み上げられた廃線の枕木が夜空を焦がしました。近くの川での夜の魚突き、海水浴は昨年通り、今年はこれに露天風呂が加わり、大人も子どもも大喜び。 上記の絵は、サマーキャンプ初参加のY・T君が、わずか10分ぐらいで描き、学校に提出した絵日記のものです |
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<01サマーキャンプ感想1・子ども> |
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ふつうはキャンプ場ではないところだったけれどとくべつに、できることになりました。 ぢどりの丸やきとぎゅうにくや、てづくりウィンナーパンやビーフシチューや、ほかにもやきそばとかもたべました。だから、まいにちバーベキューでした。 こいぬが、いました。マムシがびんに入っていました。 きたときは、大きいふつうの犬がおいかけてきてびっくりしてにげましたが、すぐに、ともだちになれました。たって「あるく」といったらたってあるきました。 25日にはキャンプファイアーを、やりました。たのしかったです。26日にかえりました。 (子/Y・T記) |
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<01サマーキャンプ感想2・親> |
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しかし、今回のサマーキャンプに参加させて頂いて、色々なことを体験したお陰で、何となく分かったような気がしました。行って良かったな、と思います。 なぜテントなんだろう?キャンプの基本はテントだから?それとも施設の問題?と思っていたのですが、テントだと声が筒抜けで、外にいる人との連帯感があったり、寝つきの悪い3人も、人の話し声というのもBGMになり、よく眠れ、良いものだ、と思いました。。 前日まで、虫やら汚いことに反応してしまう親子で、大丈夫かな?、とも思っていましたが、すぎに犬のポンタや虫にも人にもすっかり慣れて楽しむことができました。自然というのは不思議と人を童心に戻してしまう、と思っていましたが、今回、共助連とは何だろうかということが、少し分かったような気がします。自分の中で、発達共助連イコール大蔵病院つまり先生対親子という図式がありました。それが、本当は目に見えなくても皆繋がっているのだと感じました。(中略) 我が子は、夏休みの絵日記でベスト3のベスト1にサマーキャンプの絵を描き(さっさと10分位で描きました)、学校に提出しました。 母:「夏休みで一番たのしかったのは何?」 子:「サマーキャンプ」 また、私自身もお母さん方から情報を得たり、共感したり、ヒントを頂いたり、千恵を頂きました。我が子しか見えなかった私には、何か自信も頂いたようで、生活に張りが出ました。いろいろな人がいて、それぞれ違っていてOKなのだと実感しました。 絵の先生に、絵を描くというのは、何か楽しいワクワクする思いや感動するような物事があったときに描けるものだ、と言われましたが、子どもの絵を見て、その通りだと思いました。親子で楽しい思いをさせていただき、有り難うございました。 (親/N.T・記) |
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<01年度サマーキャンプ報告> |
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通信を読まれている方にはおわかりと思いますが、初めて「ほたるみたい会」を行ったとき、たった一泊だったキャンプが、3日分位過ごしたような凝縮した1日でありました。 夜の牧場見学にトラックの荷台に乗せられジェットコースターのごとく暴走したことや土をシャベルカーでかいてもらった後、次々と飛び出てきた大きなカブトムシ。牛の背中に乗せてもらったこと、いろいろ体験させて頂きました。驚きの渦の中にごちゃまぜにさせられたような時を過ごしました。ですからいつも何が出てくるか楽しみで共助連のみんなに是非味わって頂きたいと思いました。 今回の目玉は露天風呂でした。(燃料不足で初日だけしか入れませんでした)女性陣は、満天の星空の下、灯りは星と月。そこに花火を打ち上げてもらい、湯船で一杯、それはそれは夢見ごこちでした。あまりの気持ちよさに少々はめを外しすぎて悪酔いしてしまったお嬢さんもいましたが、おもいっきり発散できて羨ましいの声も聞こえてきました。 もう一つに去年より更に高いキャンプファイヤーでした。男衆は大人も子供もちっちゃいのもみんな連れたってキャンプファイヤー作りをしました。一番活躍してくれたのが、DSの永松君だと聞いてます。アルバイトでとび職を経験されてるということで驚きました。子供達は、そんな姿を見ているだけでも得ることはあったのだと思います。いろいろなことが出来ると格好いいなぁ〜。大きくなったときお父さんやお兄さん達が苦労して建ててくれたことを思い出してくれることでしょう。 女性陣も一日3食作り続け、暑い中お疲れさまでした。何事も大変だった分、美味しかったり、楽しかったりするものです。「生きて行く」て、そういうもんですよね!! 今回予定していた竹炭づくりや流しそうめんは、残念ながら出来ませんでした。こちらの段取りが悪くて申し訳なかったと反省してます。やはり竹取は初日に着いたとき用意することがポイントでした。次回に向けたいと思います。 サマーキャンプを担当していろんなところで皆に助けられているとつくづく思います。いろんな方に「あれはどうしたの?これはしなくていいの?」と指導していただき自分は動けていたのだと。やはり自分だけで動くことより上手に皆さんから助けていただくことで自分は生かされているのだと実感いたしました。 (渡部清美・記) |
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前年度とは異なり、発達共助連久しぶりのテントキャンプ。廃線の枕木を3メートルも積み上げた豪快なキャンプファイア、近くの川での夜の魚突き、発達共助連キャンプ初の海水浴とスケジュールは盛り沢山。 自然を十分堪能したキャンプとなりました。 |
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<00年サマーキャンプ報告> |
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子供も大人もおなじレベルで競って楽しめた三日間でした。(渡部清美・記) |
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<00年サマーキャンプ参加感想・1> |
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スキーのときには渡部パパを伊澤先生と間違える程、無知であった私も、表面的なお付き合いだけでは分からない皆さんの素顔にまで触れることができて、こんなに知ってしまっていいのかしらと思うくらい収穫のある日々でした。 たくさんの語らいの中、伺った先輩方の体験談は、まさに知恵の宝庫で、子育ての参考として、取り入れさせていただきたいと思っております。 さらに、本題である二泊三日の体験は、楽しさと驚きの連続で、短い紙面ではとても語り尽くせないほど充実しておりました。参加者されなかった方に伺えば、「行けば良かった。」と後悔されること間違いなしです。共助連は「達人」集団で有る事も知ってしまい、その力を結集すれば、どんなキャンプになるかは、容易に想像できると思います。 R牧場はまだという方、来年は是非、自然、人情ともに豊かなその地で、お会いしたいものです。アウトドアを極めた連員方でさえ、「こんなキャンプは無い」と太鼓判を押す程魅力たっぷりのサマーキャンプでした。 (東海林充子記) |
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<00年サマーキャンプ参加感想・2> |
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例年にない暑さの夏であった。都会というアスファルトジャングルが増幅させる「うだる」暑さの中、夏休みもとれずにしがない仕事に精を出さざるを得なかった身にとって、発達共助連キャンプへの参加は、この夏唯一の楽しみであった。そして、それは見事に裏切られることなく、改めて自然と戯れることの重要性を痛感した。 今年のサマーキャンプは、千葉県房総半島、JR久留里線の上総松丘の近くにあるR牧場で行われた。発達共助連のサマーキャンプが、中津川河畔、ないし群馬県のわたらせ渓谷以外のところで行われたのはこれが初めてである。そして4年ぶりののテントキャンプである。 R牧場は、入り口から牛舎のある小高い丘にたどり着くのに歩いて30分はかかるという広大な牧場である。その道すがらは、山道そのもの。でこぼこ道の両端は、鬱蒼とした木々に覆われ、傍らを渓流が流れる。そして、時にはまむし、いのしし、野ウサギなどが出迎えてくれる。 自然が手つかずに残っている数少ない場所の一つである。 この牧場のオーナー及び場長(牧場の社長)が、発達共助連活動に理解を示してくれ、私有牧場の開放という贅沢なキャンプをすることが出来たのである。感謝!感謝! このキャンプを味わえなかった方のために、その様子を紹介しよう。 キャンプは、初日からいきなりハイライトを迎える。巨大なキャンプファイアと近くの川を遡上しての魚突きである。いずれも発達共助連のサマーキャンプとしては初めてのことである。 2m50センチほどに積み上げられた廃線の枕木には、油が十分にしみこんでおり。その燃え上がる様は、見事なもの。 アウトドア派のあるお父さんは、「こんなキャンプファイアみたことない」と興奮気味。子供たちは、もう口をあんぐりといった様であった。この10メートルを越す高さに燃えさかる巨大なキャンプファイアを肴に、日本酒を飲んだのがいけなかった。夜9時頃から出かけた魚突きの頃には、半分出来あがってしまった。 この魚突きにも中学生以上の子供たちはほとんど参加。カンテラの明かりだけが頼りの夜突きだというのに何とたくましいこと。元気なお母さんの一部も加わる。 しっかりしなければならないはずの小生は酔って足元定まらず、あちらでドボーン、こちらでドボーン、心配したDSや子供たちが助けてくれる始末。ずぶぬれになりながらも、そのお陰で何とか2km近く、川の中を遡ることができた。 夜半12時過ぎに戻ってきてからは、また酒盛り。皆が心配したとおり、ついに小生は前後不覚となり、皆さんに大いに迷惑をかけたようだ。反省! 翌日、目が覚めてみるとキャンプ場はもぬけの殻。僅かばかり残っていた人たちに聞くと、みな房総半島・安房鴨川の海岸へ海水浴に出かけたとのこと。車で30分ぐらいとか。お父さんやお母さん方は遅くまで起きていたというのに、何という元気さ!何というタフさ!と、ややあきれる。 昼過ぎ、海水浴から皆が戻ってきて、静かだったキャンプ場がまた子供たちの歓声に包まれる。聞けば非常に海の水がきれいだったとのこと。うーむ、いけなくて残念。来年は2日酔いにならず、海に行くぞ、と今から決心(あてにならない!)。 急遽登場のDS2人も参加してのにぎやかな昼食後は、しばしまどろみの時間。しかし休まない人もいる。燻製造りに取り組んでいるMパパである。みな、Mパパがこんな裏技を盛っていたのかとびっくり。 夕方になって、またまたキャンプファイアをやろうということになり、男性群は大人も子供もそしてDSもその準備にとりかかる。キャンプファイアの点火用、そして翌日の流しそーめん用にと、孟宗竹を5本ばかり確保するところから作業は始まった。広い牧場のこと。そこここに竹が生えているのだ。 前夜のファイアの燃えかすがまだくすぶっている。前夜よりも壮大なファイアを、ということで、燃やす枕木の数も増やす。それを井桁状に組み立てていく。3m近い高さの上の方の組立はは子供たちが中心の作業だ。みなびっくりするほど生き生きして、作業を楽しんでいる。前夜の準備過程で初めてまむしを見て驚いた子供たちが、今日はまたまむしが出ないかと逆に楽しみにしていたくらいだ。こうした準備過程に参加してこどもたちはまた一回り大きくなるのだろう。 こうして、お母さん方が準備したバーベキュー中心の夕食後、またキャンプファイアを楽しむ。子供たちは、10mの炎の周囲に、打ち上げ花火をおき、点火して回る。普通の花火とは比較にならない豪華さだ。キャンプファイアの後は、またまた川での魚突きだ。サー出かけるぞと、人数点検に入った途端、ちょっとした発達共助連の人たちが関係しないハプニングが発生。その対応にお父さん部隊が急遽出動。このお父さんたちのバイタリティと知恵には頭が下がる思い。対応が終わって時間を見れば、もう夜の11時。 当然魚突きは中止と思いきや、「さぁ魚突きだぞ」。待ちぼうけを食らった子供たちも行くと言い出す。もう「何をかいわんや」である。覚悟を決めてついていく。川に出て見上げると、巨大な絶壁の上に月が煌々と輝いている。星の瞬きもまた格別であった。川の中で、見上げるという素晴らしさ。「おー自然よ」と思わずつぶやいてしまう。 夜もあまりに遅かったせいか、魚突きの成果は1ぴきだけ。それでもみな満足して1時ごろ無事帰還。そこでまた大人たちは飲み会。夜中の2時を回ってそれぞれのテントに引き上げていく。 翌日テントを撤収した後は、このキャンプ最後の行事、流しそうめん。前日、牧場からとってきた青竹で舞台装置を作っていく。久しく子供たちが待望しただけあって大人気。大人も子供もにぎやかに十分食べて、それぞれの家路についた。 かくして、2000年夏のサマーキャンプは幕を閉じた。 このサマーキャンプで子供たちはそれなりに多くの収穫を得たようだ。 ともかく、このキャンプを仕切ってくれた渡部さん夫妻とと望月さん夫妻に大感謝。 そして、素晴らしいキャンプの場所を提供してくれたR牧場の関係者の皆さん、特に献身的に我々の冒険キャンプのリーダーとなっていただいた場長さんに心より御礼申し上げます。 お陰様で命の洗濯が出来ました。本当にサマーキャンプよ、有り難う。 (川戸康暢・記) |
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| 1999年度のサマーキャンプは、8月20日(金)から21日(日)にかけて、例年と同じく、群馬県のわたらせ渓谷で行われました。参加者は総勢57名でした。 例年より、水量が多かったため、川遊びではやや物足りなさがありましたが、その分、例年とは異なった体験をしました。 |
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<参加感想・1>個人的なことなのですが、これまで私は「日にやけるのは絶対嫌だし」「足が太いから出したくないし」と常に長袖で日影に身を寄せる、といった具合でキャンプに参加していました。ですが、今回は決心して参加したのです。「今年は思いきって泳ぐぞ!!」 |
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| すっかりサマーキャンプ名物となった「岩からドボン」。今年はカウンセラーの先生が挑戦。子供たちは大喜び。 | |||||
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| 川泳ぎは、水量が多かったのでロープを張って安全確保 | |||||
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<参加感想・2>99年度のサマーキャンプ地・渡良瀬渓谷は、大雨の後だったので草木ダムからの放流があり、渡良瀬川の水量が多く川遊びができるか心配されました。しかし21日には気温も上がり、無事に虹マスのつかみ捕りや川遊びを行うことができました。 |
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| ニジマスのつかみどり。子供も大人ももえました。 | |||||
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| つかまえたニジマスは皆のお腹へ | |||||
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| 川遊びが出来なかった時は、手作りうどんに挑戦 | |||||
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東京から離れた場所ですが、豊かな緑と川の流れが歓迎してくれました。昼食は、いつものデイキャンプのようにみな手作り。夜は川のせせらぎの音をバックに子供たちはディベロップメンタル・サポーターの協力の下、子供たちだけの世界を作り、親は子供たちから離れ、ゆったりと時間が流れる非日常的な世界を楽しみました。特別参加のワンちゃんも、都会では味わえない自由さを満喫していました。 |
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<参加感想・1> |
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旅行と言うと車で家から現地へとただ座っているだけということが多かった子供たちにとって、荷物を持ったり途中でお弁当を買って食べたり、待ち合わせの時間を駅のベンチに腰掛けてまわりの風景をながめたりと、新鮮なものがあったと思います。 私たちは2日目からの参加でしたので、ようやく辿り着いた渓谷を横切る橋から、このあたりのはずだけど、と見下ろすと、はるか下から前日から参加の方々が「江副さーん」と手を振って下さいました。半日電車に乗って少々疲れぎみだった子供たちも、その声にとたんに元気になり河原に下りていくと昼食も食べずにただ川につかって遊びました。プールと違い浅い所あり深い所ありの変化に富んだ渓谷で、登りやすい岩を見つけたり魚の姿を追いかけたりと、水の冷たさも忘れている様でした。 夜はカラオケや花火大会に興じ、子供たちはまわりの人たちに優しくしてもらい、大人は大人で時間を気にせずおしゃべりを楽しみました。 翌日は前日に比べて一段と天気も良くなり、朝から川遊びに夢中になっていた子供たちは、今までより泳げるようになり嬉しかったと言っていました。 帰ってから一週間、北関東に大雨が降り各地の被害の様子をテレビで見て、今ごろ渡良瀬渓谷は大丈夫かなと家族で話したりしています。新しい所に行き、少しの時間立ち寄っただけでなく思う存分遊んだことで子供の心にもふるさとを思うような気持ちが生まれたのかもしれません (家族連員/江副幸子・記) |
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<参加感想・2> |
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あー!終わってしまった。少し気が抜けたような感じです。 |