98年度新たにスタートした「母親の会」は、開催回数こそ少な目でしたが、キャンプ等の野外行事とは異なった形での連員の交流促進の場として好評でした。しかし、名称が参加者を母親に限るような印象を与えること、デイキャンプに参加できるほど元気になっていない子供たちがより参加しやすい活動形態がとれること、などの理由から、名称を「やってみよう会」に発展的に改称しました。
ハイキング、散策だけでなく、連員のアイデアを生かして、それぞれが楽しめるよう気軽に参加できるような肩肘の張らない交流の場とするのが基本的な方向です。
また、母親自身のケアが必要なケースが増大していますが、その対応には、この「やってみよう会」が受け皿になることになりました。そのため、今後この「やってみよう会」の重要性は増してくるものと思われます。

2002年4月から、これまでの「あそぼう会」に加え、「しゃべろう会」を開催しています。
2002年4月から始めた「寿さんとしゃべろう会」。五十嵐寿先生は、元小学校教諭で、現在理科実験教室あい塾主宰。そして、共助連草創期からの最も良き理解者のお一人。
第1回のこの会は、思った以上に盛り上がり、堅苦しくなくとてもリラックスした時を過ごせました。まずは、先生の人生論や経験談で花開き、「誉める」と言うことをテーマに雑談だけで終わらず、五十嵐先生の的確な「ことば」「想い」を受けとめ、励まされた、とても得をしたような会です。母親たちにとっては、アドバイザーがついて、何でも話せる場所となっています。共助連入門のようなひとときを一緒に過ごしませんか。ちょっと時間ができたなら、ぶらっと寄ってみてください。

☆2005年9月しゃべろう会

日時:2005年9月12日(月)AM11:00〜PM14:30
場所:共助連発達支援室
2005年9月しゃべろう会参加感想
青梅街道のイチョウ並木から、最後の蝉しぐれがきこえてきました。9月のしゃべろう会に参加してきました。
兄弟関係について、あるお母さんからお話があり、日ごろの友達関係とはまた違った、家庭内ならではの出来事について、話がありました。
五十嵐先生を交え、参加者のお母様たちと、きょうだい児について、話が交わされました。
また、学校から、帰宅後の、子供たちと、ときには、下校途中の風景について、お母さんからこどもへ声かけをしたら会話がよりスムーズになるのでは、と五十嵐先生から提案があり、お互いご自身の体験について、語った一日でした。
(A.S.)

☆2005年6月しゃべろう会

日時:2005年6月20日(火)AM11:00〜PM14:30
場所:共助連発達支援室
2005年6月しゃべろう会参加感想・1
雨のうっとうしい日でしたが、五十嵐先生他4人が、それぞれの時間から参加し、ゆったりとした雰囲気ではじまりました。
あるお母さんから、テストだというのにノートも書いていないし、教科書を読んでいる様子もなく、ただ部屋にこもっているだけで勉強しているようにはとても思えない。結果も良くない。でも、本人は頑張ったよ、わりとよくできたよと言うのはどういうことなの?と思う・・・と話がありました。
五十嵐先生は、本人にしてみればテストの期間は拘束されている感じがあり、嫌でもそこに座っていた。だから頑張ったというのではないか。嘘をついているととらえるのではなくて、もしかしたら、どう話をすればいいのかわからなかったり、ノートをどう書けばいいのかわからないのかもしれない。
「勉強頑張ったよ」と言ってきたら、「そう。じゃあ、やったところから1行でもいいから読んでみて」と、親のほうからも働きかけが必要なのではないか・・・と話をされました。
きかけながら待つ。待ちつつ働きかけていく。とても大切なことだと思いました。
(白井 裕子・記)
2005年6月しゃべろう会参加感想・2
6月20日のしゃべろう会は初めての方もみえて学校や困っていることなど話しました。今年の四月からは時間確定にせず、のんびりと始まるので遅れて来てもきがねなく話せるのがよかったと、改めて感じました。
初めてでも何か話したくなる雰囲気だと思います。(N.T)

☆2005年5月しゃべろう会

日時:2005年5月23日(月)AM11:00〜PM14:30
場所:共助連発達支援室
2005年度のお母さん達のきさくな茶話会、「しゃべろう会」は、幹事が変わり装いも新たにスタートを切りました。
今年は、昼食を挟んで、皆でおしゃべりをしよう、ということになりました。
そこで開始時間をこれまでの午前10時から午前11時に変更し、終わりの時間を午後2時半頃としました。これで、3時間半もゆっくりおしゃべりを楽しめます。
2005年5月しゃべろう会参加感想
1月のしゃべろう会以来の久しぶりの参加でした。近頃の天気のように、子どもの中学入学から5月中旬までの私は非常に不安定でした。入学前の学校説明会でのお話で、校長先生より『中学は自主・自立』とか『高校はオプション!』などと聞かされ、子ども以上に私の方がエンジンをかけ気持ちを高めていたように思います。
入学式以降の彼は、新しい環境に馴染もうとはりきり、友達作りに励み、あの子のいい面が出ていました。少々無理をしているんじゃないかな…?と思いつつも順調でした。
親というものが『我が子』に対してどん欲なのかはわかりませんが、少なくとも私はそうでした。学校に行けるようになると次は勉強、次はクラブと、次から次へとちゃんとできる我が子を求めてました。
無理矢理、高いところから彼を引っ張り上げようとしたり、時には後ろから押し出したり…『きちんと』『ちゃんと』やらねばならない!私がなんとかしなくては…昔の必死だった頃の私に戻ってました。自分でもおかしいことに気付いていても止めることができなくなっていて、我が子をどんどん追いつめていました。
そんな時、夫の「君はおかしい!彼に何をさせたいんだ!学校に自分で歩いて行くだけでいいじゃないか!」と、言われ気付かされ、押さえることができました。今は学校に行くだけで良しとしよう。多くを望んではいけない…と、自分に何度も何度も言い聞かせました。冷静に見ていてくれて、責めることもなく助言をしてくれた夫に感謝!
今回のしゃべろう会で、『生きる意欲をそがない』『場所、場所での存在感を認める』ことの大切さのお話がありました。我が子のために親があれこれ手を出し過ぎてしまうことは、子にとって良くないことでした。五十嵐先生からも言われていたことですが、私の場合は『母子分離』を心に留め、中学生になった我が子を信じ彼に任せ、我が子の心配事は自分一人で抱えずに夫と共に対処できたらと思いました。よく聞くことですが、改めてあ
るがままの姿を認めることの大切さを実感しました。
(男児の母)

☆しゃべろう会Part2-2005年3月

日時:2005年3月12日
場所:横浜市(ヤングハローワーク「ヤングジョブスポットよこはま」の見学)
2005年3月しゃべろう会part2参加感想
成長した子供の将来を考える会としてしゃべろう会part2がスタートして半年あまり、今回は外へ飛び出しヤングハローワーク「ヤングジョブスポットよこはま」の見学となりました。集まったのは7名。皆、思春期・青年期の子供達の母親。ヤングハローワークでのお話や見学が一番の目的であるのは分かっていても、「せっかく横浜まで来ているのだから、新しく開通したみなとみらい線で中華街へ足をのばし、お昼を食べましょう」という呼びかけにワクワク・うきうきして、中華菓子・中華まんをぶらさげての勉強会となりました。
ヤングハローワークなるものがある事すら知らなかった私です。
開放的な入り口を入り、笑顔で迎えて下さったチーフアテンダントの岩永さん。
フロアーには自分の仕事探しの為、講師の話を聞く為、パソコンの基礎を学ぶ為に、何名かの若者達が気軽に利用している様子でした。
岩永さんのお話から、最近の若い人は「仕事はしたいけど、何をしたらいいのか、何が自分に合っているのか分からない」と思っている人達がとても多く、少しでも年令相応に歩むところから遅れてしまうと「自分だけが遅れている。自分だけが・・」と思い悩むところか、ヤングハローワークへ足を運んで、スタッフと話をして、はじめて同じ悩みの仲間がたくさんいる事を知り、あせらず適性診断などを利用して、職業を見つけ、ひきこもりから歩み出せる若者も数多いそうです。
実際フロアーを見学させていただき、700本あまりの職業ビデオにびっくり!
「警備員になるには」「鮨職人になるには」「アナウンサーになるには」などなど…、子供の悩みそっちのけに「こんなのどぉ?」「いいわぁ」「私がやりたい!」と楽しく1時間程おじゃまして、過ごさせていただきました。
我が家で不登校2年・休学1年の息子の将来を考えて、まずは岩永さんもおっしゃって下さった「子供が自ら動き出す為に豊富な情報、たくさんの選択肢を用意しておくのも親の仕事」の言葉にうなずき、「よぉし!いつか子供といっしょにもう一度ここへ来るぞぉ!」と元気になった一日でした。
次回は渋谷に出来るヤングハローワークを見学の予定です。
中心になって連絡係・まとめ役となって下さった渡部さん、本当にありがとうございました。楽しいひとときでした。(小布施孝子)

☆2005年2月しゃべろう会

日時:2005年2月21日(月)午前10時〜12時
場所:共助連発達支援室
2005年2月しゃべろう会参加感想
何時も子供に「心の中にある色々な気持ちを言葉にしてごらん」とか「言葉にして伝えてくれないとわからないよ」などと言っている私が、ここでは自分自身が言語化することを求められ、学ぶことになる。
今回のしゃべろう会は人数も少なかったので、大先輩の渡部さん馬越さんの貴重なお話を聞くことが出来ました。お二人の話、そして五十嵐先生の話を聞きながら、ひたすら感心したり、私だったら同じ対応が出来るかどうか戸惑ったりして、上手く説明出来ないけれど、何か熱いものが沸き起こってきたり…と、色々な思いが心の中にありました。
でもこの気持ちを自然に言葉にすることは、私にはとても難しいことでした。
緊張してしまい、どう伝えたら良いか、何を考えているのか、分からなくなってしまうのです。
五十嵐先生のお話の中に、気持ちを言葉にすることで、自分自身もそこにある問題点に気付くことことが出来る。伝えることで受け止めてくれる人=理解者が得られる。そして人とつながっていくことができる…とありました。
今後もこのしゃべろう会で少しずつ「言葉にして相手に伝えること」を学びながら、皆さんとつながっていくことが出来たらステキだなと思います。
(白井裕子)

☆2005年1月しゃべろう会

日時:2005年1月25日(火)午前10時〜12時
場所:共助連発達支援室
2005年1月しゃべろう会参加感想
1月25日しゃべろう会、初参加しました。
今回は、カレンダーに印を付けて必ず行くぞ!!…な、気持でした。
昨年の夏頃、共助連と出会い、今までにディキャンプ1回、定例会1回、忘年会に参加させていただき、参加すれば楽しいのはもちろんですが、しゃべろう会についてはなんとなくその日が過ぎてしまい、大きなイベントだけでもいいかな、なんて思ったりもしました。
でも、何のために共助連に入ったの?週末ごとにイライラして子供とバトルするのは何故?こんな親で子供は幸せなの?私たち家族はこんなでいいの?自分は幸せ?いろんな事を思い、考え、悩み、そして繰り返されるであろうけど、皆はどうしているんだろう。何かヒントでもあればと思い、しゃべろう会に参加しました。
しゃべろう会で話してストレス解消+勉強+座談会+心の解放を感じチョッといい気持で帰ることが出来ました。今回いろいろなお話を伺うことができ良かったと思います。取りあえず、出来るところから始めていきたいと思います。
(T・H)

☆2004年11月しゃべろう会

日時:2004年11月30日(火)午前10時〜12時
場所:共助連発達支援室
2004年11月しゃべろう会参加感想
寿先生から、「しゃべろう会に出て思うことを書いてみて……」と言われ、何を書いてよいのかさんざん悩んでしまった。
しゃべろう会に出ると、そこに集まった方たちの悩みやお話を聞き、共に考えたり、ただ聞くだけだったり、自分のヒントになるものを拾ったり……私にとってとても刺激になることが多い。ただ、それがすぐ自分の日常に反映されるわけではないことも多い。「そうか!」と、思ってもそうすぐに変われるものではなく、毎月しゃべろう会に行くことで少しずつ少しずつ良い方へ変わっていけたらいいなと思っている。
私が中学生だったころからか、私は自分の気持ちを抑えるようになっていった。全てにおいてではないがそうすることが多くなった。母親の干渉が気になり始めて、反発するのではなく伝えることで安心してもらおうと、比較的なんでも話すようになったし、家族のためになるならば自分のことはおいといてもそちらを優先したりもした。変な子だった。
そして、夫と知り合い結婚した。夫が人から「結婚したら変わったな…」と言われるのがなんかいやで、できる限り夫の思うようにしてきたつ・も・り・(もちろんこれは私が勝手に思うことで、相手の言い分は恐らく違うであろう)。
今思うと、自分らしさを少しずつ消していったように感じる。子供が産まれて、育児にほとんど関わらない夫。それでも子供が小さいうちはなんとかなった。子供が幼稚園くらいからだろうか、子供を叱っている私を見るのがいやなのか、叱っていると私と一緒に叱りだし、叱っていた私はどうしてよいのか解らなくなることが多くなった。もちろん子供にとっても良いはずはなく、家の中は崩れていき、いつしか私は壊れてしまった。
今私は、人(家族)のことを考えることも大切だけど、自分らしさを持つことを最初に考えるように努めている。自分たちが作っていく家族を持って、私一人ではどうにもならないことが多いのをものすごく感じている。
特に子供のことでは代わってやれたら……と思い、苛立つ私がいる。また、夫のしてきたことで自分では押さえようもない気持ちも持つようになった。結婚して、今まで気づかなかった自分を発見した。
私の中にいろんな私がいた。親になって十数年が経つが、私自身まだまだ半人前、発展途上である。(子どもにとっては悲劇かも……)。今更ながら、親行の難しさを痛感する毎日である。
でもこれからも、共助連に関わりつつ、刺激をたくさんもらい、夫と子どもと共に私も成長していきたいと思っている。
(男児の母)

☆2004年10月しゃべろう会

日時:2004年10月25日(月)午前10時〜12時
場所:共助連発達支援室
2004年10月しゃべろう会参加感想
今月のしゃべろう会は寿さんこと五十嵐先生はご都合によりお休み…ということで始まりました。いつものことながら息子を学校に送り、その足で駆けつけましたが今日も途中からの参加となりました。その日は、10月もあと少しで終わりというのに珍しくお天気も良く、席に着いたものの汗をふきふき落ち着きながら話の輪に入りました。
10月の月例会を間近に控えてか「共助連」についての意見が多かったように思います。
*子の成長に伴い、社会に出るためのステップの場を作る。
*活動資金不足の問題→DSさんたちへの活動資金等、援助できない…。
*支援室の活用の仕方
*月例会の宣伝→外部の人たちを集める
*パンフレットについて→配布先別に内容の検討
*学校のお話→「私学」「公立」「受験」など
おしゃべりをしながら思ったことは、私の知らない問題、また難しい問題が多いこと。実際、全てを知りどうこうしていくことはできないだろうと思います。ただそれを知ることができただけでも良かったと思いました。今はまだ、みなさんに助けて頂くばかり・・・
行事に参加するのが精一杯の私です。
先日、新聞で「恩送り」という言葉が目に留まりました。人から受けた恩をその人に返すだけではなく、自分ができるときに他の人にも返していく。そうするとその恩は人から人へと止まることなくつながっていく…。「共助連」に対する今の私の気持ちそのものです。(杉並連:C.I.)

☆2004年9月しゃべろう会

日時:2004年9月13日(月)午前10時〜12時
場所:共助連発達支援室
2004年9月しゃべろう会参加感想
残暑厳しい9月の朝。夏休み気分がまだ抜けきれない私は、遅刻しないように…と緊張して家を出ました。
支援室のテーブルにはいつものお茶菓子と望月さん差し入れのぶどうが並び、秋を感じながらも、うちわを手に「まだ暑いねー」と言いながら話が始まりました。
夏休み明けだったことから留守番の話になり、子供に留守番をさせることは親から解放されのびのび出来るので、たまにはいいが、なるべくさせない方がいい。出先から電話を入れるのは子供にとって遠くからコントロールされているような感じがするのでは…など意見が出ました。また雨が降ってきても窓が開けっ放しだったり、洗濯物を取り込むことが出来ないのは、手伝いをさせてないから分からない。
「気づけない」…親が子を管理し過ぎているので感覚が育たないのではないかと言う五十嵐先生のお話に「まさにその通りかも」と日頃お手伝いをほとんど頼む事のない私は、ドキリとしました。そして4年生になる子供を駅まで車で送迎しているというと、お母様方から「それって大変じゃないの?」と厳しくも暖かい指摘が…。電車通学させてしまっているのでかわいそうだと思っている私は子供の負担を少しでも軽くしてあげたいと1年からずーっと続けてます。自転車にしてみてはとか帰りだけでも一人でやらせてみてはどうかとアドバイスももらいました。
4年生は自立への第一歩を踏み出す時期なのかもしれません。親としても無理のない一歩を踏み出さないと行けないと思いました。
(白井裕子・記)

☆2004年8月しゃべろう会

日時:2004年8月25日(水)午前10時30分〜
場所:等々力渓谷散策
2004年8月しゃべろう会参加感想
等々力渓谷は、真夏の晴れた日はすずしく、涼を感じられるところと聞いていたのですが、あいにくの天候で、当日は小雨が降り、蒸し暑く感じられたのが、少し残念でした。でも、橋の下の階段を降りるとそこには、癒しの空間がありました。静かでうす暗いところで、土や草花のにおい・水の流れる音・大木・葉の雨露が流れる様子などに癒されました。そのあとは、美味しい松花堂弁当を味わい、話したいことを話したいだけ話し、思う存分夏バテとストレスを解消した一日でした。
(N・T記)

☆2004年6月しゃべろう会

日時:2004年6月29日(火)午前10時〜12時
場所:共助連発達支援室
2004年6月しゃべろう会参加感想
しゃべろう会が始まった頃、私はそこに行きたくても行く元気すらなかった。どれくらいたった頃だろうか、『行きたい』という気持ちが、『行ってみよう』に変わり、そして勇気を出して第一歩を踏み出した。
そこには寿先生はじめ、顔なじみの方々、初めてお会いする方(相手の方もそう思っているだろう…)がいらしてタイトルどおりおしゃべりをしている。
寿先生のお話を聞き、そこにいらっしゃる方たちの話を聞き、そしてときには自分の話を聞いてもらう。回を重ねるごとに『行ってみよう』が『今日も行くぞ!』に変わった。何をするわけではない、純粋におしゃべりをする『寿さんとしゃべろう会』が私は大好きです。
(石垣千佳子・記)

☆2004年5月しゃべろう会

日時:2004年5月25日(火)午前10時〜12時
場所:共助連発達支援室
2004年5月しゃべろう会参加感想
その日は、相談事を胸に支援室に行きました。学年が上がり、自己学習、家庭学習が始まりました。去年までは、上手くいっていたことが出来なくなりました。子供は、自信を失いました。自分が後退したように感じました。このことで五十嵐先生、先輩のお母様方の経験談をお聞きしました。
努力してもそれに見合った結果はついて来ない。でもそのやる気を大事にしてあげて…。
それと、母の無言の圧力が子供に伝わっていた事に気づきました。
子供に良かれと思ってやっていたことが、負担を掛ける事になっていました。
これからも子供と一緒に、後退したり、足踏みしたりして、スモールステップを積み上げていきたいです。
(大塚 操・記)

☆しゃべろう会に参加しつづけての感想(2004年3月)

しゃべろう会に出席するようになって早くも2年目が過ぎようとしています。初めの年は悩んで、現実を受け入れられず、今思い返すと早く楽になりたくて、先輩方から答えを貰うために通っていたと思います。
でも、自分で見つけ出したやり方でないとだめ、と前向きになれてありのままの子供を受け入れるようになりつつあるのは、しゃべろう会での出会いが大きいです。
毎月いろいろなお母さん方の話を聞いて、いろいろな意見やアドバイスが出る。そして取り入れる所は我が家に持ち帰る。
そんな事の繰り返しの1年間。
自分が少しずつ見えてきたような気がします。先輩方の中で話しを聞く事で一杯一杯だった私が新しく来たお母さんにアドバイスしている。
子供と一緒に、私も成長してるのかな〜とフッと思うこの頃です。
(大塚 操・記)

☆2004年2月しゃべろう会

日時:2004年2月23日(月)午前10時〜12時
場所:共助連発達支援室
参加者:8名
2004年2月しゃべろう会参加感想
2月にしては暖かい朝。1月のしゃべろう会は支援室に到着したとたん、「学級閉鎖になったから帰る」と子供からの連絡が入り、そのままとんぼ返りとなったので、今日は何が聞けるのかナと楽しみに参加しました。
特別支援教育に関する話、不安、親として子供に自信を持たせ、自立させるにはどうしたらいいのか。その時々、一番いいと思うことをやっていくしかないし日々そのくり返しである。本当にそうだなぁと聞き入ってしまいました。
また、五十嵐先生から教師の立場で子供のいいところをみつけようとしてもみつけられない時もあり、そんな時こそ親はまるごと子供を受け入れるという立場から「こんなところはいいところだと思っている…」と面談や連絡帳などで先生に伝える。
その子供のいいところがみつけられなかった先生の方でも「なるほど…」と別の視点をもらうことになるという話がありました。
私も学校の先生に「このお母さんは何か勘違いしているのでは」と思われるのを恐れる(?)あまりに、積極的に子供の長所を伝えたことはありませんでしたので少しずつ実行していきたいと思うと同時に、私は本当にまるごと子供を受け止めているのだろうか……と改めて考えさせられました。
(白井 裕子・記)

☆2004年1月しゃべろう会

日時:2004年1月26日(月)午前10時〜12時
場所:共助連発達支援室
参加者:11名
2004年1月しゃべろう会参加感想
私達親子が入連させて頂いて半年余りになります。
今回「五十嵐先生としゃべろう会」には初めて参加させて頂きました。
子供に接していく上で一番辛いのは悩みを抱え込んだ時、そしてその悩みを話せる理解者のいない事です。
悩みを抱え込んだ親の気持ちは敏感な子供に伝染します。そしてその子供の状態にまた悩みを抱える…。そんな悪循環を私は何度となく繰り返してきました。
「しゃべろう会」ではそんな誰かに相談しにくかった悩みを話す事ができます。
そしてそれに対して五十嵐先生や他のお母様方の様々な貴重な意見を聞くことができます。それは私にとって何よりの大きな支えになると思います。
それから…正直なところ、他の行事ではなかなか皆さんといろいろお話する事はもちろん、皆さんのお顔とお名前を一致させるのも大変でした。
でもしゃべろう会は、少しだけ皆さんと近づけたような気持ちになれ、これからもっと沢山の行事に参加させて頂く為に必要な心の原動力になりました。
これから親子共に末永くお世話になります。宜しくお願い致します。
(小林 恵・記)

☆2003年12月しゃべろう会

日時:2003年12月1日(月)午前10時〜12時
場所:共助連発達支援室
2003年12月しゃべろう会参加感想
何カ月ぶりかで、参加したしゃべろう会。暖かな空気が心地よく、久々に皆さんにお会い出来て、うれしいひとときです。
五十嵐先生と語る今の学校のあり方。今の子供達。今の親のあり方。いつも自分中心で考え、学校への不満でいっぱいになりがちな私に、してもらうことばかり、要求ばかりを望んではいないかと、この日も気付かせてもらえ、話題も弾んでいきます。この日、私にとってとても興味深かった話題に、おばあちゃんを頂点にした大家族の話。孫の進路の悩みから、飛び出した絶対的なおばあちゃんの意見。それに反発しながらも自然と拒否することなく受け入れ、最後は自分で答えを出していく姿をうかがい、とにかく我が家では子供の意見を尊重するあまりに、我がままに、親としても希望があっても伝えきれないことが多い毎日のようです。
五十嵐先生から、人生の先輩として、方向を向けてやり、選択は本人であっても、親としての希望、願いは折にふれて伝えていくことが大事であり必要と教えられました。核家族の我が家にとってうらやましい大家族。うらやましいと思うだけでなく、私も自分の意見をしっかり伝えられる母、おばあちゃんになって行きたいと思います。
また今年もよろしくお願いいたします。
(小布施孝子・記)

☆2003年10月しゃべろう会

日時:2003年10月27日(月)午前10時〜12時
場所:共助連発達支援室
2003年10月しゃべろう会参加感想
共助連にお世話になって約半年。今まで参加させていただいた「しゃべろう会」は、自分の意志で出席しているのにも関わらず、ほとんど発言することもなく、いつもお客様のような感じで座っているだけでした。
でも今回は、午後から保護者会があるということで朝から憂鬱でかなり緊張していました。
「しゃべろう会」のように安全であたたかい空気の場が他にあるだろうか。今日は絶対話を聞いてもらおう。そして元気をもらって保護者会へ行こう!という想いで入室しました。
子供の友達関係の悩み、先日あった公開研究会での子供の様子など話しができました。
「4人グループの中から勉強する人を発表する人を1人ジャンケンで決める」という場面で、発表したくないためにジャンケンすることをいやがる息子。怒る友だち。仕方なくジャンケンした息子。幸い勝ったからよかったけれど、負けていたらどうなっていたのか…。という話をしたのですが、「いやだ」と言えたのはいいことだ。その後ジャンケンに参加したのだから社会性があるということでは、…などと五十嵐先生、先輩のお母様方からのアドバイスをいただきました。
暖かいまなざしに気持が少し軽くなりました。皆様どうもありがとうございました。今後もよろしくお願いいたします。
(家族連員/白井裕子・記)

☆2003年9月しゃべろう会

日時:2003年9月29日(月)午前10時〜12時
場所:共助連発達支援室
2003年9月しゃべろう会参加感想
夏休み明けの9月のしゃべろう会は、秋晴れの気持ちの良い日でした。私にとっての、しゃべろう会の魅力は現在進行形で悩んでいる親がいて、そこに先輩方の等身大のアドバイスがある。そして思いもかけない発見に、メモしたり、考えたりする2時間ということです。
さて今回の題目は、「変化していく通級」「わが子に告知する事」「言葉」等でした。内容が濃く充実したものでした。
10月のしゃべろう会も、暖かいお茶をいれてあなたの参加をお待ちしています。
(大塚操・記)

☆2003年8月しゃべろう会

日時:2003年8月26日(火)11時集合
場所:等々力渓谷(世田谷区)
2003年8月しゃべろう会参加感想
暑い夏を都会のオアシスへということから、等々力渓谷での会食を以前から考えていました。今年は、真夏日が少なく渓谷の涼しさを実感するには物足りないくらいでした。
それでもその日は、暑くなり渓谷への階段を下りると、2〜3℃は気温が下がるそうです。肌に触れる空気が、心なしかひんやりして気持ちよく、せせらぎのような川沿いを歩くと、風景画を描いている方が、ところどころにおり、木漏れ日の中、のんびりとしたひとときを味わえることが出来ました。
我が家からは、電車1つで行ける等々力渓谷は、晃平と幾度となく訪れ、滝の奥にある茶屋でかき氷を食べ、涼んだ後に野毛公園へと向かい、そして多摩川の土手を炎天下の中、二子多摩川の高島屋までウォーキングというコースを必ず行きます。
今回は、いつもと違い、蔵を改装した個室のようなお部屋でお上品なお弁当をいただきました。晃平が合宿でおりませんので、帰り時間を気にせずのんびりと過ごすことが出来ました。一日中おしゃべりも、たまにはいいものですね。
(渡部清美・記)

☆2003年7月しゃべろう会

日時:2003年7月14日(月)午前10時〜12時
場所:共助連発達支援室
参加者:
2003年7月しゃべろう会参加感想
共助連のお母さん、五十嵐先生、私のわがままをきいてくださり感謝!
こんなサブタイトルつけようかと思ったくらい、とても嬉しかったのです。というのは、仕事の都合で殆ど参加できなかったのですが、7月14日なら夏休が取れているので是非この日にとお願いしたところなんと!OK!がでたのです。(皆さんにも自己主張をお勧めします時にはチャンスがやってくるかも知れませんよ)またあの頃は梅雨の真っ最中でしたが12人ものお母さん達があの支援室に揃ったので、またまたびっくりでした。
さて、私の自己紹介から『親の責任』という言葉が五十嵐先生のアンテナにひっかかり、「これって何だろう?」とひとつの話題に上がりました。
我が子がLDであると分かって、私の子育てのまずさが大きな原因ではない(親の責任ではない)と知り、精神的にどんなに解放されたかと言う事から、折りしも長崎の12歳少年事件が騒がれ、あの少年の親はどんな子育てをしたのか、親の責任なのか、某官僚のいうように親がさらし者になれと言うほど悪い親だったのか。学校の中でもあの少年は、あの子なりのヘルプを出していたにもかかわらず、それに気付かなかった大人達、もしセラピーを受けていればあのような悲惨な事態には至らなかったかもしれない。
学校も地域も果ては社会も救えなかった事は、ある意味社会の犠牲者では…と少々深刻な展開になりました。
久々の参加でついついおしゃべりしすぎた私に自らハッとし、今度は聞く側につとめました。少し先輩面していたかな?先輩は皆さんの話を引き出し聞く立場にたたなくてはと反省しました。終わる頃には雨もやみ完全武装できた私が恥ずかしいくらいでした。
楽しい時間を皆さん有り難うございました。
(高橋サカイ・記)

☆2003年6月しゃべろう会

日時:2003年6月23日(月)午前10時〜12時
場所:共助連発達支援室
参加者:
2003年6月しゃべろう会参加感想
会はやさしい雰囲気で、五十嵐先生はピシッとかつ母のようで、こういう先生にお会いしたかったです。
文部科学省による教育制度の動向の話が出、親も情報を集めしっかりしなくてはと考えさせられました。
皆さんの子供を受け入れていこうというまなざしが、「子供ってああ、かわいい」という初心に還らせてくれました。
(山上恵子・記)

☆2003年5月しゃべろう会

日時:2003年5月30日(金)午前10時〜12時
場所:共助連発達支援室
2003年5月しゃべろう会感想
「明日からはお天気が崩れます」天気予報の女性の声で、もう1回洗濯機を回して…。欲張ったために10分程遅れて席に着きました。
すでに、セラピストの林先生のお話が始まっており、私には聞き慣れないマカトンサインのお話。
人と人とのコミュニケーションは、会話。会話とは言葉のキャッチボールであり、声に出して会話する人。サインで会話する人。意志を伝える方法は、そう、いろいろありますね。
五十嵐先生が始めて出会ったマカトンサインは、美しい指サインとして印象深いそうです。その五十嵐先生ご自身は、子供にも大人にも常に目で会話を心がけていらっしゃるそうです。
自分の意志を表現して相手に理解してもらえる喜びは最高のものです。
赤ちゃんにもベビーサインがあるように、理解は信頼へ。信頼は愛につながります。
家族も一つの社会。つい、言わなくてもわかると思っていたのにと、なりがちな中、家族だけで分かり合えるサインがあったら、もっと会話がスムーズかも。親子の距離が縮まるかも。家族でマカトンサイン、いいかも。
そういえば、漢字の始まりも絵文字サインだったっけ。なんて想像しながら楽しいひととき、有り難うございました。   
(家族連員:小布施 孝子さん)

☆2003年4月しゃべろう会

日時:2003年4月25日(金)午前10時〜12時
場所:共助連発達支援室
参加者:9名
2003年4月しゃべろう会報告
総会後いよいよ共助連の今年度の活動が始まりました。4月25日(金) 、新年度第一回の「しゃべろう会」が支援室にて、9名の参加で行われました。
今回は連員に加えて、入連を考えている方・共助連に関心のある方が4名もおられて、「共助連ってどんなところ?」「共助連のここが不思議?」といった話から始まり、「やっぱり共助連は自分が積極的に参加して初めて良さも分かり、子供にも良い効果があることが感じられた」というあるお母さんの意見に納得した参加者でした。
お友達の子供のためにフリースクールを立ち上げようという連員外のお母さんのお話には感心させられたり、そのパワーを共助連の皆さんにも伝えたいと思いました。
今、共助連に不足しているのは「共助連を引っ張っていこう・盛り上げていこうとするパワー」ではないでしょうか?一人一人が共助だけに頼らず自らできることから何でもやってみようというちょっと悪ガキパワーを発揮していかないと、いつまでも誰かがやってくれるだろうという受け身の姿勢でいると自分自身もちっとも変わっていかず、共助連自身も元気のない団体になっていくのではないでしょうか。
五十嵐先生が急用で欠席だったのですが、またいつもとは趣の違う「しゃべろう会」になり、この会の多面性の良さだと感じました。今年もお母さんパワーを「しゃべろう会」から発信していければいいなぁと思っています。
(望月恵理子・記)

☆2003年2月しゃべろう会

日時:2月21日(金)午前10時〜12時
場所:共助連発達支援室
参加者:11名

☆2003年1月しゃべろう会

日時:2003年1月17日(金)午前10時〜12時
場所:共助連発達支援室
参加者:10名
2003年1月しゃべろう会感想
久しぶりの出席にもかかわらず、例のごとくの遅刻キャラの小野塚が支援室に辿り着いたのは開始後30分以上も過ぎた頃でした。
しゃべろう会に出席する時には、毎回心に残る一言を見つけて帰ろうと欲張って参加しているのですが、今回もきっちり収穫がありました。
それは、お開きも近くなった頃、盛会だったスキーキャンプのはなしから拡がって、『片寄らない心、囚われない心、こだわらない心』で子供を見てやると違った評価になることもある。見えている部分にこだわって子供をほめるのでなく囚われない心で見えない部分を評価してやることで子供が自己確認できる、というような内容のお話でした。(五十嵐先生、間違っていたらごめんなさい)。
日頃、こだわりが強く、片寄り、囚われの固まりの様な私をみて五十嵐先生が、いつか話そうと思ってくださっていらしたとのこと、問題は、私がそれを実践できるかにあるということも含め、心にしっかり刻んで帰宅の途に着いたのでした。
(小野塚ちあき:記)

☆2002年10月しゃべろう会

日時:10月15日(火)午前10時〜12時
場所:共助連発達支援室
参加者:9名
10月しゃべろう会感想
まだ一回半の参加ですが、五十嵐先生のお話やご意見の中にハッとさせられる事がありました。
先日の「しゃべろう会」で話された中に、“子供の気持ちを共有し、共感できること…”という言葉がありました。子育ての中で、本当に当たり前で難しいことではないのかもしれない何気ないこの言葉は、私の心の中で何かがポンと弾けたようでした。
子供と同じ目線にたってみるとか、自分の子供の現実を認めるとはどんな事なのか、今までいろいろな人や読んだ本から助言を受け解ろうとしてみたものの、他の子供と変わらないはずだという私自身の隠れた頑固な現実逃避から心を解き放し、子供の気持ちを解ろうとするのではなく、自分も共有するという初めの一歩を見つけた気がします。
最近の私は、肩の力を少し抜いて「待つ」ことを覚えました。子供が出来る様になるまでいつまでも待てればいいのですが、いつもという訳にはいきません。癇癪を起こした時、少し落ち着くまで無視するのではなく取り敢えず別室で待ってみる、時間の観念の薄い娘を今までより少し長く待ってみる。待つことで、私の感情的になっている心にも少し余裕ができ、娘のほうも落ち着いてくるときっかけが欲しくて「お母さん……」と話しかけてきたときに、もって行き場のなかった娘の気持ちがなんとなく解るようになって来て、お互いの話が聞けるようになり、娘のほうも以前より落ち着くまでの時間が短くなってきた気がします。勿論今までもその努力はしてみたものの、ただ「待つ」ことの大変さ、また子供のその時の気持ちを共有することを現実のものとして受けいれられるようになったのには、子供のほうが少し成長したせいもあるのでしょうが、私と娘の間で何かが少し変わってきた気がします。
また、小さい頃から娘は、私が叱りすぎてしまって後でこちらから謝ると、どんな場合でもいつも直ぐに優しい顔で、「いいよ」と許してくれ、かえって感情的になった自分が恥ずかしくなったことがよくありました。今更ですが、人間はお互いに許し合いながら生きているものだと娘から教えられたようで、親は子供によって育てられているのだと感じます。大きな変化ではないし、これからも一歩進んで二歩、いや三歩後退の日々でしょうが、欠点丸抱えでこれからも娘と歩んでいけたらいいなと思います。
(佐藤岸枝・記)

☆2002年9月しゃべろう会

日時:9月27日(金)午前10時〜12時
場所:共助連発達支援室
参加者:7名
9月しゃべろう会感想

今回はある人からの相談の話題でもりあがり、わが子の状況と重なる部分が多かったので、つい、うっかりと口をはさみ、とうとうこれを書くはめにはまりました。
まず第一は、家で勉強中にできない部分につまづいてヒステリックになり、パニックになったときにどのように対応したらよいのかという事とでした。
それは、「あってあたりまえ」「後で落ち着くことができればよいのでは」「そんなものです」と、落ち着くまで待ち、困っていることを代弁したり、共感してあげることでした。我が子もこれをよくやっていました。しかし落ち着けば折ってしまった鉛筆を拾ってさっさと問題を解いてしまい、「できたできた」と大喜びの彼を見て、(今のはなんだったのか)と、母一人キョトンとしています。「たぶん儀式みたいなものでしょう」と田辺先生に教えて頂いてやっと納得できました。「騒ぐのならやめて」とか「物を大切にしなさい」などと言わなくて良かったです。
共感と言っても伊澤先生のアドバイスでは……『彼らには人と違った達成感があり、いくら他の人ができていると思っていても本人が満足していなければ「それでいい」と言うべきではない』ということでした。なぜならそのできていない自分を「それでいい」と親が認めてしまうことが不満だったり混乱してしまうからだそうです。ありのままを受け入れるということでした。
第二の問題は着ることです。私立に通い、きちんとしているはずの服装が限りなくだらしなく、それも平気な本人が気になる母親です。これも私立幼稚園に通っていた我が子と同じです。
その幼稚園は、幼くても子供を一個人として尊重した上で生活習慣を教え、徹底的に親子で励み、身につけ、いずれは一人でできるよう自立した子供を目指していました。それなのに着方の詳しいプリントをもらって励んでもなかなかできず、いつも「___君シャツを入れましょう」と先生方や親たちから声がかかっていました。この幼稚園では子供が自らしたことをとても大切にしていて、帰りの仕度や着替えはシャツが出ていたり、帽子が後ろ前だったり、カバンが爆発寸前だったリ色々です。
先生に「___君シャツが出ているけどそれでいいかしら」と言われても、自分で着たからそれで「いい!いい」と子供たちは自信満々で帰ってきます。
そしてすぐに手出し口出しをしてしまう親に先生方は「まず自分でできたことを認めるように。それを大切にしましょう」とおっしゃり、人にしてもらったことは身につかないということでした。それが公立小学校に入ると変化がありました。いくら注意しても「せっかくやったのに」と直そうとしなかったので鏡を持ってきて見せたら、小さい声で『あーほんとだぁ』『ごめんなさい』と気づきました。いまでは母が「流行はシャツを出すのだ」と言っても『これでいいのいいの』としっかりと入れてご満悦です。
それからあるとき、彼は「お母さんはいつも命令する!」と怒っていました。田辺先生に「3択ぐらいにして選ばせたら」とアドバイスを頂きました。(そうか!気持ちを聞くことをすつかり忘れていた)先走ってさせたいことを「___しなさい」と命令口調で言っていました。それが遠回りだったとは!。

第三の問題は、私立小学校から公立に転校しようか揺れているということでした。
どちらも一長一短で子供と親に合っていれば良いのではということでした。我が子は公立に入れてよかったと思います。最初は近所に知り合いも友達もいませんでしたが、その厳しい幼稚園の環境から抜け出せたことで親の気が緩み、子供にも変化がありました。カルチャーショックは1年ぐらい続きましたが、人が好きで笑わせたりおしゃべりがしたい、やりたいことが沢山ある子なので良かったのです。いつもけんかあり笑いありの関わりの中で毎日過ごせ、沢山のことを学びました。
生徒16人対先生6人から34人対1人になり、天と地ほどの差がありました。何でもありの彼らはいつも我が子を鍛え続けてくれています。最初は、T.Vゲームもないので、「お前かわいそうだなあ。」とゲーム機本体とコードとコントローラーとソフトをスーパーの袋に入れて跳んできては教えてくれる子もいて(世の中捨てたものでもないな)と思いました。彼らのようにまったく逆の世界にいたらもっと強くなっていただろうか!と本人に聞いてみたら「あの三年間がなかったら僕は何もできないもっとショボイやつになっていた。大変だったけど、行って良かった。」と言うのでほっとしました。

最後は大人の中のたったひとりの子供だと言うことの悩みでした。我が子も同じひとりっ子です。
これについては一人だから子供のことに集中して動けたと思います。ここまで来れたのは田辺先生やいろいろな先生方との出会いと周りの協力があったからです。
その一人一人との出会いは自ら動いた結果得られたものでした。それから母と子の一対一では関わる時間も機会も多く、責任が重いという事であり、なんとかしなければと必死で動きました。それに幼児期に気づかず、本人に怒り、手を上げ、責め続けていた母の罪滅ぼしのつもりでもありました。本人が一番苦しいのだと知ってからは、救うために動かなければと行動していました。
それからは本人も明るさを取り戻し、家庭も明るくなりました。このごろは生活上の身の回りのことがひとりでしっかりとできるようになりました。体操教室の先生との出会いも影響が大でした。本当に運動が苦手で縄跳びさえ回せなかった子供に何とかできることを見つけては褒めて下さる。そして「それでいいよ」と認めてく下さる。(うちになかったものはこれだ!)と思いました。褒めると言うのは最初は褒めるほうも褒められる方も大変でしたが、今ではすぐに良い点や頑張りを見つけられるようになりました。(でもまだ主人は褒めるのが苦手で背筋がぞくぞくしてしまうので努力中です。)

この先、「くそばばぁ」「くそじじぃ」と呼ばれるらしい儀式である思春期が来たときにどのように対応するのかしたのかと言う話題もありました。
どうやら上手に聞き流すらしいのですが…。まだまだ手さぐり状態で先が見えませんが、これからもよろしくお願いします。
(N.T・記)

☆2002年8月しゃべろう会

日時:8月26日(月)
場所:代官山周辺
参加者:7名
8月しゃべろう会感想

8月26日(月)、発達支援室以外で始めて行われた「五十嵐先生としゃべろう会」に参加しました。
当初、等々力渓谷に行く予定でしたが代官山に行きました。ランチの後「お店に迷惑かしら?」等と言いつつも長居をして、その後渋谷まで歩きました。「代官山」というと高級なイメージで、ただでさえ「都会」の苦手な私にとっては近づき難い場所でしたが、実際に行ってみると若い人も多く、ウィンドウショッピングをしているだけでも面白い所でした。古い民家や蔵を改造してそのままお店にしたところや、現代的な新しい建物が調和しながら混在していました。「わんちゃんのクッキー専門店」というのがあって、わんちゃんのためのバースデーケーキや飼い主さんとお揃いの洋服や帽子なども売っていて、ちょっとビックリでした。
共助連の行事に参加するのは久しぶりでしたが、のんびりと過ごせた1日でした。支援室で集まるのも気軽ですが、たまには外に出るのも楽しいですね。
「しゃべろう会」は参加しやすい行事なので、また参加したいと思います。
(竹中まゆみ・記)

☆2002年6月しゃべろう会

日時:6月28日(金)午前10時〜12時
場所:共助連発達支援室
参加者:11名

☆2002年5月しゃべろう会

日時:5月23日(金)午前10時〜12時
場所:共助連発達支援室
参加者:13名

5月しゃべろう会感想

しゃべろう会に2回参加してみて、いつも気になる子供がそばにいなくて心置きなく、何でも話せ、分かり合える場だなぁ〜と思いました。一人一人の悩みや体験談やアドバイスなど聞いてみると、ここに来ている人全員が以前悩んで必死で奮闘したり大変だった時期があったり、今その最中の人もいて(自分だけが大変なのではない)とホッとします。また、五十嵐先生のワンクッションがあって、素直な気持ちでそれぞれのお話が聞けるような気がします。そしてこの場でも同世代だけではなく、年齢や立場の違う人々が関わり合う事で得るものがあるのだなぁとも思いました。有意義な時間を過ごせ、また何かを「やってみよう」という気持ちになりました。
いつもは電車やバスを乗り継いで片道90分という道のりを今回は眠っていたMTB(21段変速自転車)を出してきて乗り、40分で着くことが出来ました。時間を節約できた喜びと走快感と力を頂きました。しかしこのまま、私がMTBで参加するたびに心身共に図太くなるのでは?とちょっと心配です。
(N.T・記)

☆2002年4月しゃべろう会

日時:4月19日(金)午前10時〜12時頃
場所:共助連発達支援室
参加者:12名

「五十嵐先生としゃべろう会に出て」

4月になって新学期が始まりました。昨年9月に入会しながらもなかなか共助連の行事に参加できませんでしたが、気分も新たに今年は積極的に参加したいと思い、早速「五十嵐先生としゃべろう会」に出掛けたのです。そうは言いつつまだ共助連の方の名前と顔は殆ど一致しない私。初めて発達支援室のドアを開けるのもドキドキ。
でも五十嵐先生のお話は堅苦しい物は何もなく、とても心地よい…。先生の雰囲気や素振りは私を可愛がってくれた祖母にも似てて思わず甘えたくなっちゃいました。今回は下の子の幼稚園のお迎えの関係で途中で抜けてしまったけれど、次回からはもっとゆっくりしたいなぁ。(こんな気持ちが渡部さんからの感想書いて〜という申し出を引き受けたのでしょうね。いつもの私なら、そんなの書けませ〜ん!と辞退するのに)
(高橋寿美・記)

00年7月⇒等々力渓谷散策

日時:7月23日(日)   参加者:9名

今回のやってみよう会では、等々力渓谷の散策を行いました。
等々力渓谷は、世田谷区という都心にありながら、静かさと緑にあふれた全長1kmほどの渓谷です。当日は朝から30度を超える暑い日でしたが、駅から1〜2分にある入り口から降りると、そこは地上より5度も涼しい別世界でした。途中、渓谷の上を環八が通っている場所があるのですが、この上に毎日何千、何万台という車が走っているなどとはイメージできず不思議な感じがしました。
その後、昼食のみ参加の人たちと合流して、近くの日本料理店で食事をしました。話が弾み、もう一箇所場所を変え、夕方4時ごろの解散となりました。
(平木こゆみ・記)

00年4月⇒砧公園の花見会

4月のやってみよう会は、恒例のお花見会会に合流しました。詳しくは、特別行事の項をご参照下さい。

99年12月⇒井の頭自然文化園散策

ミレニアムイヤーを間近に控えた1999年12月5日(日)、東京・吉祥寺の井の頭自然文化園において「やってみよう会」を行いました。以下はその報告です。

今回は吉祥寺にある、井の頭自然文化園に行きました。ここには猛獣を除くさまざまな生き物がいるこじんまりとした動物園です。園内には木々も多く、色鮮やかな落ち葉を踏みしめながら歩いていると、都会の一角にいることも忘れ、ゆったりした気分になりました。その後近くで食事をしたのですが、皆さん話が弾み、気がつくともう夕方近くになっていました。楽しい1日でした。

99年9月⇒料理教室

今にも一雨来そうな雲行きの9月15日狛江市南部地域センター調理室にて共助連の料理の鉄人馬越ママのお料理教室が開かれました。
  ◆栗赤飯     ◆大根とひじきと油揚げのサラダ  ◆翡翠シューマイ
  ◆茄子の紫漬け  ◆冬瓜と鶏肉のあんかけ     ◆鰺のホイル焼き
  ◆かき玉汁    ◆あがりようかん        ◆コロコロクッキー
こんなにたくさんのメニューがあっという間にできあがり、あらためて馬越ママの料理の腕前に感服しました。試食後レシピを復習し、日頃の我が家のマンネリメニューに新顔を加えられそうで満腹・満足と有意義な一日となりました。
以上、馬越ママのお料理教室PARTIIがあるといいなのお願いを込めての報告でし
た。
(家族連員/小野塚ちあき・記)

99年7月⇒浜離宮から浅草へ

7月11日梅雨真っ只中、雨模様の1日でしたが、予定通り浜離宮庭園を散策し、 御茶屋で優雅にお茶とお菓子を頂きました。その後水上バスで浅草へ向かいました。
浅草寺では、皆、頭と顔が良くなりますようにお祈りしましたが…? 昼食は前田先生以外初めて食べる「もんじゃ」で、舌鼓を打ち、日頃の悩みや先輩お母さんの体験談等終止共助連らしい話題でお酒も進みました。
「苦しい胸のうちを話せる仲間がいることが大切ですね」という話になりました。そんな仲間、それが「共助連」であり、「やってみよう会」なのです。
(家族連員/井ノ上久美子・記)

98年11月⇒深大寺陶芸教室

11月8日(日)、東京・深大寺で第2回目の母親の会が開催されました。芸術の秋に相応しく?『深大寺陶芸教室』に参加し、実際楽焼に挑戦しました。昼食は名物深大寺そばを頂き、植物園を散策し、充実した1日となりました。

98年7月⇒北鎌倉散策

1998年7月5日(日)、初めての母親の会が開催されました。総勢15名(子ども1名含む)で、北鎌倉から鎌倉まで散策をした後、レストランで昼食を楽しみました。豊かな自然や食事をともに楽しむ中、会話も弾み、交流が深まったようです。「休日の外出で子守を頼めた」「久々に贅沢な時間を過ごせた」等など,思わぬフロクがついたようです。