伊澤くん、それは私が今まで生き、触れ、目にしてきた数々の人の中で、一番"アー"とびっくりした人物であった。
だって、この人、私の中にこれまで培ってきた全ての常識を、ことごとく打ち砕いてしまった人だったんだもの。
出会いがしらにその大きな目で見つめられ「まずは、来い!」とつれていかれた先がなんてったって「鬼無里」(飲み屋)。「なんじゃこりゃ!オイオイ、挨拶はいったい!あの、やっぱはじめはコーヒーに履歴書でしょーが!!」「なんで会社の人みんなもう酔ってんの?」
怒りでバクハツしそうになった10年前だった。
ブッキラボーだがいつも心を見透かされ、何でもズバズバ言うこの人。私が必死に書き上げた自信のレポートも一瞬でキャッカ!「何だこの人。くそ!いつか絶対ほめさせてやるんだ!」の一心でくらいついていった感がある。ん−、その目だな。その大きな目がたまらんの!ひとえの私にはたまらなく恐ろしくかつ魅力的であった。
会社の社長でありながら、心理判定員で、ギターもつまびく、釣りもすれば、マンガもバクバク読む。人形劇もする。その上、この上ない才女で美人の奥さんとはなんたることか!もっとびっくりしたのは、ふと見わたせば、まだまだいたいた大変な人達。仕事もできる。遊びも達者。興味は多いし、川ありゃ飛び込む。こんな人達に秋田のけがれなき良家からきたお嬢さま育ちの私が、合うわきゃないのよ。そーなのよ……と思うまもなく、今ではもうこの人たちなしの、伊澤くんなしの人生が考えられなくなったしまった自分って一体……。
伊澤くんはじめ、このフシギな人たちから私は「仲間づくりの方法と自然と共存する方法、考える際の基本概念と生きてくために伸ばすアンテナの向け方、そして本当に学ぶこととは何であるか」を一から教わった。まさに学校では教えてくれない本当の生き方を知った。この伊澤くんとその仲間たちは私の一生の目標であり宝です。
学生諸君!早くこの幸せ、ありがたさに気づきなさい。もっとこの人、この人たちを観察し、吸収しなさい。日本でも、いや世界でも類を見ない人、集団です。本当の常識を追いもとめたい人は、しっかり寄りそいなさい。
〜なんか最後、伊澤教のようになっちゃいました。
この文は宗教とは一切関係ありません。
(「発達共助連通信」1998年6月号) |